ドイツ近現代史は興味深い

・・・・・・・・・・・・・河辺啓二の勉強論(14)

電子書籍など読みたくもない私が立ち寄るのが好きなのは書店だ。先日も、ある書店で「おもしろそうだ」と思う本を購入した。

〈ネットなんかより本!本!〉

ベストセラー「国家の品格」(2005年)で有名な藤原正彦先生の新著「本屋を守れ-読書とは国力-」で主張されるとおり、「インターネットで教養は育たない」にはいたく同感。「英語より国語」「武士道」などいつもの持論が快く展開され、たいそうおもしろく、遅読の私にしては短時間で読み終えた。在米経験豊富な数学者の意見だけに納得してしまう。誠に尊敬に値する大先生である。

藤原先生は東大理学部数学科卒業だが、私が東大教養学部理科三類1年の「おじさん医学生」だったとき、ドイツ語を1年間教わったのが、石田勇治先生。石田先生は東京外国語大学卒業だが、当時は、若き東大教養学部助教授で新入生らの第二外国語であるドイツ語の授業を受け持っていた。2回目の大学生になった33歳の私は、真面目に勉強し、ドイツ語の成績はすべてA(優)を取ったものだ(自慢)。

〈ドイツ近現代史はおもしろい!〉

さて、立ち寄った本屋で、石田先生の名前を冠した本を目にした。彼は、今やドイツ近現代史の泰斗で、東大教授となっていた。「ヒトラーとナチ・ドイツ」(なぜ文明国ドイツにヒトラー独裁政権が誕生したのか?)という著書だが、2015年に第1刷で2020年に第12刷だからロングセラーだろう。内容は、ヒトラーの登場~ナチ党の台頭~ヒトラー政権~ナチ体制~ユダヤ人迫害~ホロコーストと、これまでほぼ断片的にしか知識を得ていなかった浅学の私にとって、ヒトラーとナチの通史が学べる名著である。

 ヒトラーといえば、独裁者~ユダヤ人に対する残虐⇒ホロコーストという印象を誰しもが持ってしまう。本著では、一介の兵士から「政治家」として成り上がっていく過程が興味深く描かれている。当然と言えば当然のことだが、いきなり独裁政権者になったわけでなく、いきなりナチ党がドイツの第一党になったわけでなく、通常の政治~国会選挙による政権争いの様子は、今の我が国や欧米の民主国家と大きく異なっていなかったように見えた。「大統領緊急令」や「全権委任法」など現在の民主国家では考えにくい法令があるものの、意外と合法的な手段でヒトラー・ナチ党は台頭していったと言えるかもしれない。つまり、形式上、ドイツ国民の同意の下に「独裁者ヒトラー」が誕生してしまった。

〈最初からホロコーストではなかった〉

 とはいえ、歴史上、世界のあちこちで残虐行為~殺戮行為は数多(あまた)行われているが、ヒトラーのユダヤ人に対するそれが最も有名かもしれない。「アンネの日記」等の文学作品、「シンドラーのリスト」等の映画といった一般大衆に訴えたものが多いせいだろう。

 ただ、最初からホロコーストを行ったわけではなく、ドイツ国内のユダヤ人を国外へ追放し他国(仏領マダガスカルなど)に移住させることで「ユダヤ人なきドイツ」を企図していた。しかし、受け入れ国側の対応等諸事情によりあまり進展しなかったのだ。

 つまり、ヒトラーは、最初からユダヤ人絶滅を目指したわけでなく、国外追放が失敗した結果、ユダヤ人政策が過激化したのである。

〈独ソ戦は人類史上最大の惨戦か〉

 「ヒトラーとナチ・ドイツ」を読み終えた後、以前からベストセラーで話題の本「独ソ戦絶滅戦争の惨禍」(大木毅著)を購入した。第二次世界大戦といえば、一般的に我々日本人は、直接的関与した太平洋戦争そして日中戦争のことを考え、欧州に関してはノルマンディー上陸作戦くらいしか(あと、チャーチルがヒトラーに徹底抗戦したイギリス本土航空戦も有名かな)思い浮かばないものだが、欧州東部で実に凄惨な戦いがあったことを教えてくれる。最終結果的に見て、最悪の残虐政策の独裁者としてヒトラーを凌駕するかもしれないのがこのソ連のスターリンだ。ヒトラーは日本への直接的加害者(間接的にはあったかも)ではないが、スターリンは明らかに直接的加害者だ(サハリン侵攻、シベリア抑留)。

 レーニン亡き後、スターリンは権力基盤を強固なものとしようと政敵・反対分子を「大粛清」している。そんな国が捕虜を国際法遵守してまともに扱うはずがなく、捕虜になったドイツ兵の殆どが餓死、病死、凍死したという。逆に、ドイツ軍のソ連兵捕虜に対する待遇も同様だったようだが。

 ヒトラーは、豊かな地下資源や農地を有する東方のロシアを征服してドイツの支配下に置き、ゲルマン民族の東方植民地帝国を建設するという構想を長年持っていたらしい。しかし、この大構想は、1945年、ソ連軍に包囲されたベルリンで彼の自殺とともに露と消えたのである。

 日本人が著した、学者向きでなく一般向きの独ソ戦史に関する本は、これまであまり見掛けなかったような気がする。つくづく歴史はおもしろいと感じる。