「世界史」で読み解けば日本史がわかる(後編)

・・・・・・・・・・・・・河辺啓二の勉強論(30)

〈日韓併合〉

―イギリス産業革命が生んだ悲劇―

 前編最後の項〈江戸幕府の滅亡〉でーイギリス宗教弾圧が日本を救った?―と英国→米国→日本の関連史を俯瞰して「ほぉ~」と感じた次第だが、今回もイギリスが濫觴(らんしょう。物事の起原)となっている。

 日清戦争、日露戦争に連勝し、朝鮮の植民地化を進めていたところ、安重根による伊藤博文暗殺を口実についに「日韓併合」を強行することとなった。さて、イギリスの産業革命が興ったことと日韓併合とどう関係するのか、実に見事に解明されている。

 19世紀後半、イギリスから興った産業革命(第1次)は、他のフランス等欧州諸国に拡がり「第2次産業革命」となる。エネルギー源が石炭から石油に変わっただけでなく、「第2次産業革命」に突入した国家は、巨大資本の投資先、原料の供給元、製品の販売先を求めて、アジア・アフリカ圏を植民地化しようとする。こうした帝国主義段階のアジア・アフリカ圏には、実質的には「鎖国」か「植民地建設」かの2つの選択肢しか与えられなかったのだ。

 幕末の日本は「鎖国」を望んだが、アメリカの強引な開国要求に屈せざるを得なかった。そうなると、日本は「植民地」を選ばなくてはならなかったが、明治政府は、日本と清と朝鮮が同盟を組んで欧米列強に対抗する「合従策」(三国同盟)を模索したのだ。ところが、旧い思想(中華思想)に凝り固まっていた朝鮮は、これが理解できず、断固として「清朝属国」であり続けようとし、旧い国家体制(李朝)を倒そうする動きは起きなかったのだ。

 ここに至って日本は平和的外交手段によって朝鮮を開国させることを断念し、武力で開国を迫らざるを得なくなる。朝鮮を開国させた後も、伊藤博文がその併合、征韓論を折角抑えていたのに、この抑止力を韓国自らが伊藤暗殺で外してしまった。これによって日韓併合がとうとう実現したのだ。日韓併合後、日本が莫大な投資を行い、韓国の経済発展を図った結果、耕地面積・石高・人口すべてが倍増したのだ!←韓国の歴史教育はどう行われているのか知りたいものだ。何しろ祖国を滅亡に追い込んだ愚行の安重根がいまだに韓国では英雄扱いだというし・・・。

 ついでに驚いたのは、ロシアのジェノサイド(民族絶滅作戦)お国柄について。スターリンがヒトラー以上の粛清者(殺人者)と聞いてはいたが、「ブラゴヴェシチェンスク虐殺」「ホロドモール」といった大虐殺が平気で行われていたらしい(第二次世界大戦終戦後にソ連が北方の日本に行った蛮行から類推できるなぁ)。後者は1450万人(!)ものウクライナ人を計画的に餓死させたという。もし、日本が朝鮮に手を出さずにいたら、ロシアが朝鮮を植民地化し、国家滅亡させ、更には民族絶滅させていた可能性があったと。う~ん、先述の安重根といい、以前、韓国では世界史という教科がないと聞いたことがあるが、本当なのかもしれないなぁ。

〈日露戦争〉

―「ビスマルクの失脚」が14年後の日本を救った―

 う~ん、ビスマルク失脚と日露戦争の関係は全く知らなかったなぁ。当時「貧乏小国」日本が国力ではるかに上の「世界最大の陸軍大国」ロシアに奇跡的に勝利した理由として、日本人の努力・智慧・優秀性とされるが、実は、幸運・僥倖・天佑神助があったからこそだと・・・確かにそうだよね。天候など努力で変えられないものがいくつも日本に味方した。あの日本海海戦だってちょうど日本に有利な天気に変わったという。しかし、これらの奇跡も天佑神助も「日英同盟」がなければ起きなかったことになる。

 当時、ロシアはフランスと同盟を結んでおり(露仏同盟)、ロシア+フランスvs日本となれば、いくら天佑神助があっても完全に日本敗北となる。何としてもフランスに参戦させないため、イギリスと同盟し、これを牽制する必要があった。つまり、日露開戦の絶対条件は日英同盟の成立ということになるが、当時のイギリスは「光栄ある孤立」で他国と同盟を結ばず、おまけに「黄色い猿」とバカにする日本人を相手にする可能性は極めて低かった。

 ところが、ドイツのあの「鉄血宰相」ビスマルクが皇帝と対立して失脚してしまった。ビスマルクに全幅の信頼を寄せていた皇帝ヴィルヘルム1世が亡くなり、若いヴィルヘルム2世が即位し「親政」を始めてしまい、ビスマルクを邪魔者とみなしてしまったのだ。英仏に比べ統一体制が遅れているドイツにあって、慧眼ビスマルクは、他の欧州諸国が植民地獲得競争に狂奔する中、内政問題に注力し、外交は平和外交に徹していたのだ。

 このことが理解できない未熟な皇帝ヴィルヘルム2世は、ビスマルク体制を壊して植民地獲得競争に名乗りをあげるべく海軍増強に走り始めた。そこで焦ったのが海軍王国イギリス。当時海軍力で世界に覇を唱えていたイギリスにとってドイツの海軍増強は大脅威であり、なんとかイギリスも海軍増強したいと思うも財政難でかなわず、極東艦隊の一部をヨーロッパに呼び戻すこととしたのだ。で、ロシアが圧力を強め、大洋に進出しようとしている極東の守りが手薄になり、しかたなく、「光栄ある孤立」のプライドを捨て、イエローモンキーの日本と手を結ぶ屈辱を味わってでも日本と同盟を結ばざるを得なくなったのである。

 つまり、日本と無関係の地球の裏側で起きた「解任劇」が、回り回って日英同盟を生み、それが日本を救う結果となったのだ。な~るほど・・・。

〈太平洋戦争〉

―それは「アメリカ・ファースト」から始まった―

「アメリカ・ファースト」というと今のトランプ大統領を思い浮かべるが、実は、百年近く前からあったのだなぁ。そして、それが太平洋戦争に繋がることは、以下のように順序立てて見ていくと比較的理解しやすい。

 第一次世界大戦後、圧倒的な経済力を誇り、世界経済を牽引してきたアメリカに始まった1929年の大恐慌。もはや1つの国で解決できるものでなく、世界の主要国が協力しなければならないという気運が高まる。ところが、超大国アメリカが「アメリカ第一主義(アメリカ・ファースト)」を掲げて世界協調を拒否、つまり「アメリカは世界を見捨てた」のだ。以降、アメリカは「ブロック経済」へ邁進、ついには英仏もこれに追従し「ブロック経済」を行うことに。こうなると、ブロック経済をしたくても自活できるほどの「生存圏」(植民地)を持っていない国「持たざる国」のドイツ・イタリア・日本は、ブロックが組める規模の植民地=「生存圏」を獲得するために、挙国一致となり、独裁国家(独:ヒトラー、伊:ムッソリーニ、日:東条英機)となり、泥沼の戦争に驀進(ばくしん)していくのであった。こうして悲劇の顛末となる。

 最近のアメリカ大統領の言動を見るに、百年前と同じようなことにならないかと危惧しているのは私だけではないだろう・・・。

 この最後の章で印象に残った神野先生の言葉がある。

●戦争は「外交の延長」である

 国家間に外交上の軋轢が生じた場合、国家元首や外交官が東奔西走し、途方もない時間と血の出るほどの外交努力を重ねて話し合いをする。それで解決すればよいが、ありとあらゆる外交努力が徒労となり決裂した場合に、「紛争解決の最終手段」として戦争は勃発するということだ。話し合って、話し合って、話し合って、話し合い尽くした先にあるものが「戦争」だと。すなわち、戦争とは「外交の延長」であり、「紛争解決の最終手段」であって、断じて「絶対悪」ではないというのだ。

●そもそも歴史に「正義」も「悪」もないー歴史は勝者によって紡がれる

 戦争に勝った者が自らを「正義」と位置づけ、自国がしでかした悪虐三昧を隠匿するか、敗者に責任を押し付けた歴史観を流布させる。よって、「歴史」は必ず勝者を正義として語り、敗者を悪として語る。ヒトラーや東条英機があらゆる悪を一身に背負わされているのは、それが客観的事実でなく敗者だから。当時のアメリカが「正義の国」と言われたのは、それが客観的事実でなく、勝者だから。

 それでは、このような勝者が必ず「悪」かというとそうでもなく、善悪の価値判断はすべて相対的なもので、歴史に「正義」も「悪」もない。確かにアメリカは世界大恐慌を引き起こした張本人なのにその責任を取らず、これを世界に押し付けたことは、押し付けられた小国から見れば「悪」。しかし、アメリカから見れば、大恐慌を生き残るために他国のことに構う余裕もなく必死だっただろうし、追い詰められた「持たざる国」も生き延びるために必死になるのも当然、それらを「悪」と罵れるものだろうか。

―本書によって、物事はすべて多面的に学ぶことが重要であることを改めて思い知らされた気がする。