佐渡金山遺跡の世界遺産登録は実現できるか

・・・・・・・・・・・・・河辺啓二の社会論(30)

〈「佐渡金山遺跡」とは〉

「佐渡島の金山」は、鎖国政策をとった江戸時代に、幕府が直接、管理・運営した金山である。手工業による大規模な金生産システムが整備され、世界最大級の産出量を誇った。明治以降も採掘は続き、1989年に操業停止した。

〈世界遺産推薦理由〉

佐渡金山遺跡は、昨年末、文化審議会が推薦候補に選び、答申した。

17世紀における世界最大の金生産地。世界中の鉱山で機械化が進む1619世紀に、伝統的手工業による生産技術や生産体制を深化させた金生産システムを示す遺構」という理由である。

〈政府の対応―国内政治の駆け引き〉

政府は、当初、韓国が歴史問題を理由に撤回を要求し、登録の見通しが立たないとして推薦を見送る方向で調整していた。しかし、地元関係者や自民党内から推薦を求める声が強まり、方向を転換、遺産登録を目指し、ユネスコに推薦することとなった。岸田首相が、自民党内から突き上げを食らった結果らしい。

このような政治の混乱―ゴタゴタを目の当たりにすると、世界遺産条約の目的は置き去りにされ、人類遺産を後世に手渡すという崇高な理念がくすんだ色になってしまう気がする。

〈韓国政府と日本政府の主張―日韓外交の軋轢〉

韓国政府としては、明治時代以降の戦時中などに佐渡の鉱山で朝鮮半島出身者が働いており、「強制労働被害の現場だ」などと主張、選定撤回を要求していた。

これに対し、日本国政府は、「文化遺産としての価値はあくまで江戸時代が対象だ」と主張している。

戦時中に本当に「強制労働」があったのか、徹底的に検証するとともに、江戸時代だけに限って文化的価値があることの妥当性を明瞭に説明する必要がある。

更に、仮に「強制労働」があったとしても、世界史に残るような大規模な建造物遺産は、時の権力者が一般市民を強制的に集め、働かせ、犠牲者を出して作らせたものが少なくないのではないか。それはそれである種の「負の遺産」としての価値があるとも考えられる。

〈産業遺産で歴史認識のずれ〉

端島(軍艦島)等の「明治日本の産業革命遺産」においても、韓国政府は朝鮮半島出身者が「強制労働」させられた施設が含まれていると反発し、ギリギリまでもめたが、何とか登録できた。このとき、日本政府は韓国政府の主張を認めるような措置を講じると明言したが、実行していない。このため、世界遺産委員会から「強い遺憾」の決議が示されてしまった。

これについても、本当に「強制労働」があったのか、歴史を精査して、ユネスコや韓国政府に検証結果を示す努力がなされているのだろうか。今のままでは、佐渡の登録に悪影響が生じる可能性が大きい。

〈「世界の記憶」との整合性〉

昨年、ユネスコは、歴史的な資料を後世に引き継ぐことをめざす「世界の記憶」で、当事国が反対すれば登録されない制度を、日本政府の働きかけで導入したばかりである。世界遺産とは違う制度とはいえ、同じユネスコの遺産登録制度である。韓国が反対する中で日本が推薦することは矛盾していないかとの誹りを受けないだろうか。「制度が違うから」という理由で乗り切れるのだろうか。周到なる理論武装が必要だ。

〈国際政治と世界遺産〉

国家間の摩擦がユネスコの舞台持ち込まれる例は、日韓に限らず、争いが続くイスラエルとパレスチナ関連の物件など少なくない。武力衝突にまで発展したものとして、「プレアビヒア寺院遺跡」の登録を機に起きた、遺跡周辺の帰属をめぐるカンボジアとタイとの争いがある。審議の前提となるICOMOS等諮問機関による専門的な評価が世界遺産委員会で覆される例が常態化してきているという。

世界遺産が、それを規定するのが条約である以上、国際政治から完全に切り離すことは難しいかもしれない。しかし、露骨な政治介入によって遺産の顕著な普遍的価値(Outstanding Universal Value)がゆがめられてはならない。それは世界遺産制度の根幹を揺るがすことになりかねないのだ。

〈経済と世界遺産〉

上述どおり、政治に翻弄されることばかりでなく、世界遺産が登録地の経済活性化や観光産業振興に寄与するといった観点が年々色濃くなってきているような気がするのは、私だけであろうか。今年は1972年の条約採択から半世紀という節目の年である。私たちは、世界遺産の原点に立ち戻ることが必要ではないか。1980年にインドネシアの「ボロブドゥール寺院」の修復完成式典について、京都大名誉教授の仏文学者、故桑原武夫氏が語った「世界遺産とは、地球の品位を守るもの」という言葉を肝に銘じるべきである。