リンク集: スーパーコピーブランド, グッチ服 スーパーコピー, フェンディコピー, シュプリーム ヴィトン コピー, ウブロコピー, ロレックスコピー, オメガ スーパーコピー, タグホイヤー スーパーコピー, シャネルJ12スーパーコピー, カルティエ スーパーコピー, オーデマピゲ スーパーコピー, パテックフィリップ スーパーコピー, ブレゲ スーパーコピー, カルティエ スーパーコピー, ,ロレックス時計スーパーコピー ,シャネル時計スーパーコピー ,ウブロ時計スーパーコピー ,カルティエ時計スーパーコピー ,パネライ時計スーパーコピー ,オメガ時計スーパーコピー ,ルイヴィトンバッグスーパーコピー ,グッチ財布スーパーコピー スーパーコピー時計 スーパーコピー

記事一覧

新型インフルエンザワクチンの行方(3)

2010.02.14

・・・・・・・・・・・河辺啓二の医療論(4)


〈ワクチン大量在庫はほぼ確定的〉

当初から予想していたことだが、新型インフルエンザワクチンがだぶついている。田舎の町医者の私が予想できたことをオツムのよい厚生労働官僚たちは予測できなかったのか、全く不可解だ。今財務大臣になっている菅直人がかつて「霞が関というのは勉強ができるだけでバカばっかり」と言い放ったそうだが、言い得て妙かもしれない。まぁ、かくいう私もその一員だったことは認めるのだが。
具体的に言うと、こうだ。

国産ワクチンが接種5400万回分製造され、すべて「完売」になるという予想を覆し、そのうち1000万回分以上が出荷されず、在庫となっているらしい。しかも、私の診療所の在庫のように、出荷されたものの接種されず院内在庫となっているものも、全国に何万回分もあるだろう。更に、外国産ワクチンにいたっては、輸入契約で確保した9900万回分に対し、医療機関からの購入希望はほとんどないのが現状らしい。


〈なぜこうなったのか〉

新型インフルエンザの流行が下火になったことが最大の原因であることは明らかである。学級閉鎖等の社会を挙げての措置、あるいは手洗い、うがい等の基本的予防の励行が社会に浸透したことも一因としても誤りとは言えないだろう。

〔昨年秋に私が主張したように3600円も払って接種受ける人がそんなにいるはずがないというのも、依然ある〕

社会的には、新型インフルエンザ流行が終息に向かっていることは、極めて喜ばしいことである。しかしながら、残ったワクチンは返品もできず、私を含め全国の医者たち(特に開業医)が腹立たしい思いであるに違いない。私の診療所もどっさりと残ってしまった。これには理由がある。

昨年秋、日本中が新型インフルエンザで大騒ぎし、さながら「ワクチン争奪戦」が始まった。従来のワクチンは、他の注射薬剤や消毒液などと同様、医療機関から必要数を薬問屋に注文し、届けてもらう。もし不必要となった場合、「返品」という形で問屋に引き取ってもらうのが通常である(従来の季節性インフルエンザワクチンも同じ)。

ところが、今回の新型インフルエンザワクチンの取り扱いは、全く違う。まず、各都道府県の薬問屋の元締め(県医薬品卸協同組合)から各医療機関にワクチンの希望本数の調査が来る。この調査は、数週間ごとに、優先順位の対象者ごとに分割して行われる。優先順位の対象者ごとというのは、①医療従事者から始まり、②妊婦、③基礎疾患(糖尿病など)を有する者、④幼児・・・・という分類ごとということだ。

これに対して医療機関は、希望本数をその元締めあてにファックスで回答・発注する。その後、発注された度に当該医療機関に出入りする薬問屋が届けてくれる。しかし、これが注文どおりでないことからおかしな事態となる。注文しても「査定」され、3割くらいしか届かない。ワクチンが少ないから痛み分けということだった。それならば、と次回の注文時はどうせ査定されるのなら、多めに注文しちゃおうということになる。すると、今度は3割どころか、注文数の7、8割も届いてしまったのである。

ワクチンを予約した患者さんの一部には、インフルエンザにかかってしまう人も出てくる。そうした患者さんはキャンセルとなる。更に、新型インフルエンザの流行が下火となり、マスメディアも騒がなくなると、恐怖心が低下し、ワクチンを受けようという人が激減する。医療機関には、問屋に返品できない在庫が残ってしまうのである。


〈国の税金二重取り計画は失敗せり〉

 価格は国が決め、義務ではなく任意の接種なれど国からの助成金はゼロという異常なワクチン施策なのだが、国民は「国の税金二重取り計画」に気づいていない。供給され得る国産ワクチンが足りなくなるに違いないという想定の下、国は外国の製薬会社と契約し、日本国民対象者全員にワクチンが行き渡るようにと、なんと1126億円の国費=税金を投入したのだ。当該外国製薬会社の情報によると、国は、この輸入契約を(部分的にも)解約できないものかと当該製薬会社と折衝中しているが、当然ながら、調整難航らしい。
もし、国費で輸入したワクチンを1回につき3600円払って接種受けるとなれば、その被接種者は、輸入の原資への税金の支払いプラス3600円の二重払いになってはいないのだろうか。このことに関し、メディアも誰も文句言わないのは、なぜだろう。不可解だ。まぁ、結果としては「国の税金二重取り計画」は失敗せり、だ。

さて、余ったワクチンはどうなるのか。1年足らずくらいしか有効期限はなく、廃棄若しくは発展途上国へ供与されることになりそうだ。後者はODAのようなものとして結構なこととも思うが、「先進国で余ったから発展途上国へやるよ」という姿勢は国際社会でいかがなものか、という意見もあることを踏まえなければならないだろう。


〈ワクチン後進国・ニッポン!〉

中国の経済的台頭等により、日本は相対的に先進国としての地位はじりじりと低下していることは、明白な事実だ。とはいえ、その先進的工業技術を基盤とする経済力は、曲がりなりにも、なんとか一流国の座は死守できているだろう。医療についても、今回の新型インフルエンザの致死率の低さを見るに、まだまだ日本は捨てたものではないという気になるのは奢りだろうか。

世界でのトップクラスの医療水準を保つ我が国ニッポン!と言いたいところだが、遺憾ながら、ワクチンに関しては「後進国」だ。ということは、感染症、とりわけ今回の新型インフルエンザ政策のオソマツさを見るに首肯せざるを得ない。一つには、現役の厚生労働省医系技官でありながら、厚労省批判で名を馳せている木村盛世さんが指摘するように、公衆衛生の素人が医療行政を牛耳っていることによる。

公衆衛生とは、「国民の健康を保持・増進させるため、公私の保健機関や地域・職域組織によって営まれる組織的な衛生活動」(広辞苑)と定義される。確かに、大学医学部では、「公衆衛生学」という科目があり、(試験のため)必ず勉強するし、医師国家試験にも何問かは必ず出題される。ただ、内科学・外科学などの臨床科目に比べ、医学生は重視しない(要するにマイナー扱いされている)。そういう医学生が、医師免許を取得した後、臨床経験ゼロのまま、医系技官として(公衆衛生総本山たる)厚生労働省に就職する。臨床経験がないので、医療現場を肌で感じたことはなく、また、公衆衛生学は申し訳程度勉強しただけの人間が、我が国の医療行政の中枢を歩んでいるのだ。

公衆衛生の話からワクチンの話にもどそう。とにかく、日本のワクチン行政は(「先進国」にしては)貧困だ。後日、このことについて述べたいと思う。


〈付:新型インフルエンザの爪痕〉

 今回の新型インフルエンザ「騒動」は、われわれ末端の臨床医にいくつもの爪痕を残している。既述のとおり、新型インフルエンザワクチンの在庫のほか、季節性インフルエンザワクチンが接種時期の昨年秋、十分にできなかったことがある。同じインフルエンザワクチンということで、国内のワクチンメーカーがその製造工程の何割かを割いて季節性から新型ワクチン製造用に変更したため、例年の季節性ワクチンの7割程度しか供給されなかった。このため、接種希望する患者さんで接種できなかった方も多かった。結果的には、今のところ季節性インフルエンザはほとんど流行していないとは言え、接種希望されるも在庫切れという理由でできなかった患者さんには申し訳ないと思っている。

もう一つある。新型インフルエンザが猛威を振るった昨年秋、治療薬「リレンザ」の需要急増のため、やはり同様の製造過程でつくられる吸入剤「セレベント」という喘息治療薬の供給が中断していることである。薬剤そのものは全く異なるが、吸入剤としての構造が同じで(製薬会社も同じ)あるため、「セレベント」より「リレンザ」優先という判断がなされたのだ。代替薬があるとはいえ、喘息患者治療において、若干支障が生じたものだ。

医師に求められるものとは?

2009.12.27

・・・・・・・・・・・河辺啓二の医療論(3)


〈医師となって14年・・・〉

おじさん医学生を経て医師となって14年の月日が流れた。
もう何万人の患者さんを診療したことだろう。亡くなった方も多数いる。拙著「おじさん医学生奮闘記」にも述べたが、研修医時代、最初の受け持ち患者さんが亡くなったとき、涙が出てしかたがなかった。当時39歳だった私より2歳若いベテランの指導医に笑われたものだ。以後、受け持ち患者さんが亡くなる度に私の涙の量は単調減少した。

そして、開業医になっても、診療していた患者さんが年当たり数人から十数人、お亡くなりになる。私の顔には涙は全くなっている。


〈「医師は変人」麻生発言は実は正しい?〉

以前、当時の麻生首相の「医師は変人」発言が少し話題になったが、通常の感覚から言うと、確かに医師はすべて変人だ。上述のとおり、知っている人が亡くなっても、その家族が悲しんでいるのを見ても、全く涙が出ない。まるで「冷酷人間」だ。「人の死」というものが日常茶飯事である医師という職業に就いている以上、ある意味「冷酷人間」にならざるを得ない。お恥ずかしい話だが、私はもともと涙もろいほうだったと思う。時には映画やTVドラマの感動的シーンで涙腺がゆるくなることは、今でもある。しかし、眼の前にある「人の死」に対しては、なぜか冷静になってしまう。医師につきまとう「職業病」かもしれない。医学生のとき、父が亡くなり、開業医になって間もない頃、母が亡くなった。さすがに実の親が死ぬとき涙が出た。しかし、火葬場で父の遺骨拾いをしたとき、これは○○骨、これは□□骨、などとつぶやきながら骨を拾う自分があった。無意識に解剖学(骨学)の復習をしていたのだ。この頃から「医師=変人」の準備段階だったのだろう。


〈もう一つの麻生発言も実は正しい?〉

麻生発言で、もう一つ医療に関し物議を醸したものがある。たしか、自らの健康に留意しないで酒やタバコで病気になる人と、そうでない人が同じ金額の健康保険料を支払うのはおかしいといった内容だったと思う。私は、別に麻生ファンでも何でもないのだが、この意見も、ある意味においては正鵠を得ている。

内科医をしていると、高血圧、糖尿病、高脂血症などの「生活習慣病」の患者さんを毎日のように診察する。患者さんによって病気への対応は様々だ。一生懸命、食事療法・運動療法あるいは禁煙に取り組む方もいれば、その正反対の方もいる。アメリカ流ではないが「自己責任」の観点から言うと、医師からいくら注意されても、タバコ・大酒・肉食・運動不足の習慣を改めようと努力しない人にはペナルティー的なものとして、保険料あるいは病院窓口負担金の増額があっても当然かもしれない。たとえば、努力して生活習慣を変えないでずるずると「好き放題」のことをして病気が悪化した人は、窓口負担金を現行の3割から5割に引き上げるとか、もっと極端な場合、10割負担とか・・・。このようになると、「こりゃたまらん」と多くの患者は真面目に生活習慣を改めることだろう。

しかし、以上の「施策」は、実行となると、極めて難しい。まず、手続き的に言うと、誰が当該患者の生活習慣が改善したと判断するのか。担当医ができるだろうか。いちいち、保険料変更や窓口負担割合変更を患者ごとに行うとしたら、健康保険組合や市町村や病院窓口事務員の事務量はパンクするに違いない。次に、医学的見地から言っても非現実的だ。そもそも病気というのは、「生活習慣病」といっても、(癌もそうだが)生活習慣だけで生じるものではない。半分くらいは遺伝的要因があるとされる。実際、親が高血圧や糖尿病の場合、子供も同じ疾患をもつことをしょっちゅう見かける。「家族性高脂血症」のため、20歳くらいから高脂血症薬を服用し始める人もいる。「遺伝性」と「生活習慣性」とを線引きすることが極めて難しい。各個人にDNA検査でもすれば、病気の遺伝的素質を見出すことができて、この前引きが容易になるかもしれないが、全国の成人全員にこの高額なDNA検査ができるはずがない。


〈医師にとって最も重要なのは注意力〉

さて、「変人・奇人」の医師にとって、最も重要な資質とは何であろう。医学的知識、手術の技術、患者とのコミュニケーション力、患者への思いやり、あるいはCOOL HEADとWARM HEART・・・どれも重要だが、私は「注意力」だと思う。要するに「ミスを犯さない」ということだ。医師にとって、毎日何十人もの患者を診るため、一患者は医師から見て何十分の一に過ぎないのだが、当該患者から見れば、その医師が100%なのだ。したがって、手抜きやミスがあってはならない。外科の手術において、このことは極めて大きいが、一般内科医だって、薬剤の種類や投与量につき最大限に神経を使わなければならない。「あ、しまった」は、医療の世界では許されない。だからこそ、医師の報酬は相対的に見て高額に設定されているのだろう。なにも私立医科大に行って高い授業料を払った、その「もとを取る」ためのものではないのだ。

もっとストレートに言うと、お勉強ができても「間抜け」な人は医師には向いていないということになる。


〈医師になる過程で注意力は試されているのか〉

 そこで、考えられるのが、現行の医学部入学試験→医学部教育→医師国家試験→研修医制度の中で「注意力」が試され、向上させられているだろうか、ということだ。

入試と国家試験、要するに「試験」だが、筆記において、ある程度は試されているといえるかもしれない。たとえば、医学部入試で最も差のつく数学。医師の仕事で数学を必要することはほとんどないが、医学部に入るためには、おおむね最重要教科となってしまっている。数学の計算で、注意力がないとミスを犯し、減点となる。他の教科でも、同様なことが言える。「正答がわかっていたのにうっかりして間違った」ということは「全くわからない」ということと同等扱いとなるのが、ペーパー試験なのである。「うっかり」は医療では許されない。ペーパー試験で、ある程度は「注意力」の低い人間を排除できることになると思う。(個人的には、このような数学や英語といった教科以外に、注意力を試す適性試験が入試に課せられるべきだと考える。)

医学部での教育ではどうか。定期試験や実習で「注意力」が少しは鍛えられるだろう。だが、ふるい落としほどの効果はない。

医師になって直後の研修医制度だが、ここでは、もう「医師」なのだから、ミスを犯してはならない状況に突入している。注意力散漫な医師に担当された患者は地獄だろうな・・・。

新型インフルエンザワクチンの行方(2)

2009.11.29

・・・・・・河辺啓二の医療論(2)

初の理系宰相の新政権に期待した医療行政なのだが、早くもオソマツさを露呈している。国だけでない、地方公共団体も、そして医師会も。新政権医療政策の喫緊の課題が新型インフルエンザ対策だが、そのワクチン施策は、あまりに「遅拙」だ。


1 供給が少ない!
半年も前から、日本中で大騒ぎとなりながら、やっと新型インフルエンザワクチンができ、供給できるようになったのが10月。被接種者のトップバッターとして選ばれたのが、医療従事者で、10月19日から始まったと報じられた。
ところが、私ら地方の診療所の手元に届いたのは10月の終わりで、しかも要求した人数分にはほど遠く、次回の、喘息や糖尿病等の基礎疾患を有する優先患者の分を充てざるを得ない事態となった。
ワクチン供給が少ないのは、私ら小規模医療機関だけでなく、入院設備を持つ総合病院も同様のようだ。例えば、つい先日、ある総合病院勤務の看護師が「医療従事者だから優先して接種してほしい」と私の診療所に来院した。聞いてみると、供給されたワクチンは、医師、外来担当看護師だけで終わってしまい、自分らのような病棟担当看護師まで回らなかったという。同情し、接種してあげたものだ。


2 供給が遅い!――なぜ集団接種を推奨しないのか
今、新型インフルエンザに罹患した患者で、全国の病院、診療所はごった返している。同時に、喘息や糖尿病など持病を有する患者、年少者への優先接種が行われている。従来の季節性インフルエンザワクチンは、毎年流行期の冬の始まる前の10月、11月に行われていた(今年もそうだが)。ところが、今回の新型インフルエンザワクチンは、流行期の真っ只中に行われているのだ。要するに、40℃近い発熱で新型インフルエンザに罹患した患者が何人もいる場所で、健康状態にある人がワクチン接種の順番待ちをしていることになる。もちろん、病院側は、発熱者を待合室と別の部屋に入れたり、駐車場の車内で待機させたり、最大限の工夫をしているが、限界がある。特に小規模の診療所にいくつもの待機部屋はない。
健康状態のよい人だけが、定められた時間帯に集まって、例えば地域の保健センターで接種すれば、罹患のリスクがなくなる。ところが、国、県は、そのような集団接種の推奨をしない。すべて市町村にお任せの構えなのである。地域によっては、保健センターや保育園、幼稚園、小学校での集団接種が行われているようだが、今のところ少数派のようだ。


3 助成が全くなし
「こども手当」でカネばらまくくらいなら、ワクチンの助成くらいできないものか。一人3600円×1千万人=360億円の予算は、全額とするととても捻出できないだろうが、一部助成してもよいのではないか。やはり、国は地方公共団体に「丸投げ」しており、ごく一部の市町村で助成されているやに聞いている。
そもそも国が価格(1回目3600円、2回目2550円)を設定し、クスリ問屋からの納入価まで決めていながら、全く公費負担がない。こんなこと、今までのワクチンであっただろうか。BCG、ポリオ、麻疹風疹ワクチン、三種混合(DPT)ワクチン及び日本脳炎ワクチンは、公費で行われ、該当年齢の患者は負担なしだ。「任意」と呼ばれる、おたふくかぜや水痘のワクチン、そして最近行われるようになったヒブワクチンは、患者が全額負担で、価格は病院の自由設定となっている。これら従来のワクチン価格施策は、いちおうの説得力がある。ところが、今回の新型ワクチンに関しては、公費ゼロなのに価格が一律設定されており、???と感じざるを得ない。


4 10mlバイアルを考えた犯人は誰だ?
国会で、長妻厚生労働大臣が、前大臣の舛添さんの質問に対し、10mlバイアルのほうが(生産が)低コストだからと答弁したらしいが、いかにも年金問題には強いが、医療問題に疎い長妻さんらしい。もちろん、厚生労働省の官僚(医系技官を含む)の意見も踏まえてのことだろうが、医療行政に係る官僚も政治家も、あまりに医療の現場を知らなさ過ぎる。成人で0.5mlだから、1バイアルで20人を当日中に使いきらなければならない。例えば、15人しか来なければ、残りの5人分は廃棄される。もし22人だったら、(2バイアル開けて)18人分廃棄となる。供給量が少なくて困っている状況でこのようにしなさいと「お上」はおっしゃるのであろうか。
当初の計画では、ワクチン供給後半戦で、10mlバイアルをどんどん増やすようだったが、あまりの不評で、来年になると10mlは止めることが決まった。いつも「後手後手」の日本の行政は、新政権になっても、ちっとも変わらない。


5 返品ができない新型ワクチン
 注文しても、数割しか入荷できない。もし、残った場合、返品不可、というのが薬剤問屋からの指令だ。こんな商取引、あるのだろうか。患者さんからワクチン予約をもらっても、都合でキャンセルされることは多々あるものだ。しかし、医療機関から問屋にキャンセル返品はできない。医療機関によっては、患者さんから「前払い」方式をとるなどの対策を講じているところもあるらしい。
 要するに、国は、新型インフルエンザワクチンに関する経済的リスクをすべて医療機関に負わせようとしているのだ。「医は仁術」だからそれくらいやれ、というのだろうか。それなら、そうと正直に「お願い」してほしいものだ。われわれ民間の医療機関は、公共的な「医療」を行う際、どうしても「経営」という視点を考えざるを得ない。いくら公共の福祉に資するため、とはいえ、赤字とわかる事業を行うことはできない。「今回の新型インフルエンザだけは、(国家的な緊急課題だから)経営を度外視してくれ」と政府から日本医師会に協力要請したらどうだろうか。

新型インフルエンザワクチンの行方

2009.10.19

・・・・・・・・・・・河辺啓二の医療論(1)


〈現時点での「町医者」の状況〉

本日10月19日から医療従事者向けに新型インフルエンザワクチンが接種されると報道された。だから、患者さんの中には「お医者さんはいいよね。真っ先にワクチン打てて」ともらす方もいる。ところが、私ら末端医療現場の医師には、全くその気配がない。取引している薬問屋に聞いても、その問屋にすら入荷されていないらしい。今のところ、いつから接種できるか、全く見当が立たない状況である。
毎日のように患者さんから「いつから新型インフルエンザのワクチンができるのですか」と聞かれる。上述のようなお話をすると、「お医者さんがまだならしかたないわね」と納得される。


〈期待した民主政権だが・・・〉

新型インフルエンザ騒動の起きた5月、6月頃は、簡易検査でA型陽性が出たら保健所でPCR検査という精密検査を行い新型かどうか同定していたものだ。全国で多数の罹患者が出た夏以後は、PCR検査は省かれてしまい、A型陽性=新型陽性とみなすこととなった。まぁ、今や、罹患者が全国で何十万人、いや百万人に達しそうな現状では当然であろう。

政権交代があっても、新型インフルエンザワクチンに係る行政の稚拙さは従来どおりだ。とにかく遅い。アメリカではワクチン接種がとっくに始まっているというのに、この鈍速さはどうだろう。まぁ、スピードについては他の論客にお任せしよう。(途中政権交代したことは言い訳となり得るだろうが)


〈さすがは厚生労働省(←皮肉)〉

私が、特にひどいと思うのは、あまりに世間離れしている「○○万人分の接種を可能とした」としたり顔でアナウンスする厚生労働省の非常識さだ。一般人患者に対する補助措置は講じず、患者全額負担(補助もしないのに、なんで価格が決められるのか。こんなワクチン今まであったっけ?公費負担のある、三種混合や麻疹風疹なら価格設定されて当然だろうが、自費である水痘やおたふくのそれの価格設定は自由となっている。もちろん、季節性ワクチンも同様に自由価格だ。したがって、今回のワクチンと従来のワクチンの価格設定について整合性がとれていないことになる。)として、ほとんどの該当者が当然接種に来ると思い込んでいる。その根拠を知りたい。リストラされて毎日ハローワーク通いしている多くの「貧困層」にとってウン千円というのは少額ではない。事実、私の患者さんの中でも、受ければ治るかもしれないある治療を、経済的理由だけで受けられない人が何人もいるのである。「健康」はある程度お金で買うものだと言われて反論できないのが現在の日本であろう。また、「健康」に対する価値観の多様性にも留意しなければならない。パチンコではよく1万円失うのに、病院の窓口で数千円の支払いを高いと感じる人もいるのだ。

現在行っている季節性インフルエンザワクチンだって「自費」であるため「高い」と感じ、受けない人が山ほどいる。
昔から厚生労働省の役人は医療現場を知らない(どの省庁も現場知らずではあるが)。医系技官といったって、医師免許を持っているだけで、臨床経験の乏しい人が多い。


〈結局、ワクチンは残るだろう〉

畢竟、「新型インフルエンザワクチンは残るのではないか」というのが私の予測だ。野党に転落した自民党がこのワクチンの無料化を訴えているようだが、ま、これもエエカッコシであろう。結局、「ヘタな医療行政をする与党vsケチばかりつける野党」という構図は変わらないのかなぁ・・・。
私の予測がはずれてしまうことを祈念してやまない。


〈恐怖の季節が到来・・・〉
スーパーコピー

ブランド トートバッグ コピー
バレンシアガ トートバッグ コピー
バレンシアガ財布コピー
グッチ服スーパーコピー
グッチ靴スーパーコピー
グッチスーパーコピー
セリーヌスーパーコピー
ステラマッカートニーバッグスーパーコピー
ルブタン 財布 コピー

sanndaru激安
シュプリーム スーパーコピー
ルイヴィトンスーパーコピー
ウブロスーパーコピー
ヴェトモン コピー
バレンシアガ 財布コピー
シャネル 財布コピー
カルティエ 時計コピー
ブルガリ時計コピー
ブライトリングスーパーコピー

シュプリーム ヴィトン 財布 偽物
ハリウッド映画 腕時計
ジバンシー 財布コピー
時計 レプリカ
バレンシアガ コート スーパーコピー
シャネル コート コピー
モスキーノ スーパーコピー
ヴェトモン スニーカーコピー
ヴェトモン キャップ コピー
シュプリーム コピー
ルイヴィトン歌舞伎コピー
vetements コピー
supreme 激安
vetements スーパーコピー


超スーパーコピー時計
ロレックス スーパーコピー
ウブロ スーパーコピー
ルイヴィトン スーパーコピー
バレンシアガ スーパーコピー
ウブロ スーパーコピー
オメガ スーパーコピー

スーパーコピー時計ブランド専門店
プラダトートバッグスーパーコピー
スーパーコピー靴N級品
ルイヴィトン財布スーパーコピー
ルイヴィトンコピースマホケース
現在、私の診療所には、季節性インフルエンザワクチンの接種を受ける患者さんと新型インフルエンザに罹患していると思われる患者さんの両者が毎日多く来院される。このまま推移すれば、年末~来年には、新型インフルエンザ大流行、更に季節性インフルエンザも大流行となる可能性がある。遅れてやって来た新型インフルエンザワクチンを一般患者に接種できる頃には、「今、家族や同僚がインフルエンザに罹っています」という理由でワクチン接種断念(周囲に感染者がいるときはワクチンはできない)したり、あるいは「新型インフルエンザには先月罹りましたから」と接種不要としたりする人が続出するのではないだろうか。

ページ移動