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記事一覧

天才建築士

2019.06.22

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私の知人で、とても芸術的センスのある一級建築士がいて、定期的に楽しい葉書を送ってくださる。今回も裏面の作品を見て思わずうなってしまった。上下を逆にすると「平成」⇔「令和」と読めてしまう。凄い才人だなぁと改めて感心したことだ。
〔この天才建築士の本ブログ登場は、2017年4月15日付け「忖度(そんたく)」以来2度目です〕

高齢者交通事故対策法制定を

2019.06.20

・・・・・・・・・・・・・・・河辺啓二の政治・行政論(32)
高齢者の運転過失で子供や若者が亡くなる事故が後を絶たない。政府は危機感を持って緊急対策を講じているのだろうか。今のところ私たち国民には全く伝わって来ない。高齢者が生き残り、日本の将来を担うはずの若い人や子供たちが亡くなるという、なんともやるせない気持ちを抱く人は数えきれないだろう。
政府は、早急に以下のことを三本柱とする緊急措置法を制定すべきだ。
❶現在行われている高齢者の認知症のペーパーテストや高齢者講習といった手ぬるい更新手続を厳格化し、運転の実地試験を導入し、原則として不合格者には免許更新を認めない。
❷地方における「高齢者の足」対策として、すべての地方自治体において、高齢者の所得に応じて、通院などの送迎バスや介護タクシーが格安で利用できるよう助成金を出す制度を充実する。
❸自動車メーカーは、AIを駆使した高度な事故防止装置を完備した自動車を開発することに努める。そのぶん高額になる自動車の購入・維持に対して、税制や融資で優遇措置を講じる。そうすればこのような自動車にニーズは高まるに違いないので、メーカーのインセンティブはますます高まる。
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ちなみに、運転に全く自信がない私は、高齢になる、はるか以前の30歳代に運転免許は「実質的自主返納」している。免許の書換えは5年ごとに行っているが、身分証明書代わりとなっている。外出は、基本的にお抱え運転手である妻の運転で、場合によってはタクシーを利用している。

熊澤さん(続き)―農水省いまむかし

2019.06.12

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・・・・・・・・・・・・・河辺啓二の社会論(26)

先日のブログで書き忘れたことがあり、ここに追記する。
〈農林水産省の相対的地位〉
自分で言うのもナンであるが、日本国というより霞が関における農林水産省の相対的地位は、昔のほうが高かったことは明らかである。もちろん、農水省の主たる行政対象の農林漁業者の人数がどんどん減少している時代変遷の中で農水省の重要性が低下してきているのは致し方ない。しかし、もっと大きな理由は、2001年の中央省庁再編だ。私が官を辞して10年ちょっと後のこと。このとき霞が関にいなかった私は完全な外野だが、内部にいた人間の話を聞くと大変だったらしい(ただ、熊澤さんが次官辞任の主因とされるBSE問題の際、省内はもっと大混乱で、私の同期の一人が「役人人生で最も大変な時期だった」と述懐していた)。
霞が関の有力官庁ツートップの大蔵省・通商産業省は、財務省・経済産業省と改称するも、相変わらず強力であるが、総務庁・郵政省・自治省が合体した総務省、運輸省・建設省等が合体した国土交通省、そして厚生省・労働省が「復縁」(この二省はもともと一緒だった)した厚生労働省が準有力官庁に「昇格」した。
〈昔の省庁ヒエラルキー〉
私が官僚になった昭和50年代、圧倒的キャリア事務官輩出元である東大法学部では、中央官庁人気就職先として、まず「御三家」と呼ばれた大蔵省・通産省・自治省があった。大蔵・通産に比べて自治省は一般国民にはイマイチ有名でないし、自治大臣も大蔵・通産ほど大物政治家が就任していなかった。なぜ人気があったかというと、自治省から県知事が大量に輩出されていたからである。更に、自治官僚には若くして県庁の主要課長・部長に出向する慣例がある(他省庁からは一般課長・部長)ことも人気の原因だった。
この「御三家」の次に建設省、運輸省そして農水省が「三大公共事業官庁(別名トンカチ官庁)」として学生の人気を得ていた。なにしろ巨大な公共事業予算を使えるので、いわゆる「利権官庁」と呼ばれていた。天下り先も多かった。
当時、「庁」だった環境庁に対する評価は、横柄な通産官僚に言わせれば「日本を自動車に例えるなら、通産省がアクセル、大蔵省がブレーキくらい重要な役割を果たしている。環境庁なんてドアの取っ手くらいなもの」とのこと。
〈今の省庁ヒエラルキー〉
2001年省庁再編後は、巨大官庁出現によりヒエラルキーが激変した。上述のとおり、総務省、国土交通省、そして厚生労働省当たりがグンと上がって、財務省・経産省に大差ないところまで近づいた。すると、「結婚相手」がいなかった(というより「無傷」で済んだと肯定的にとらえられた)農水省の相対的地位は低下した。「結婚相手」については、似た公共土木工事ということで、建設省の河川局あたりとくっつく話があったらしいが、建設省に猛反対を食らったとか。ほかにも、自然を相手にした業務ということから環境庁も「結婚相手」候補だったらしいが、これもボツになったという(個人的には、農水省+環境庁→「食料環境省」というのも悪くないと思ったものだ)。
いずれにせよ、農水省の「地位」は低下し、科学技術庁と結婚することで上昇した文部省→文部科学省や、「庁」から「省」に昇格した環境省当たりとほぼ同列になったような印象だ。

〔新省庁〕 〔前身〕
内閣府←総理府、経済企画庁、 沖縄開発庁 、総務庁(一部)、科学技術庁(一部)、国土庁(一部)
総務省←総務庁、郵政省、自治省
法務省←法務省
外務省←外務省
財務省←大蔵省
文部科学省←文部省、科学技術庁
厚生労働省←厚生省、労働省
農林水産省←農林水産省
経済産業省←通商産業省
国土交通省←運輸省、建設省、国土庁、北海道開発庁
環境省←環境庁、厚生省(一部)
国家公安委員会←国家公安委員会
防衛庁←防衛庁

〈熊澤さんは本当にエリート官僚だった〉
というわけで、今でこそ霞が関では下位官庁にランクされていそうな農水省だが、昔は結構上位にいたため、東大法学部生の中では人気があるほうだった。私の入省した昭和50年代でそうだったと思うが、熊澤さんが入省した40年代はもっと人気があったのではないだろうか。今回の事件で「農水事務次官」と大きく報道され、農水省地盤沈下とはいえ、「次官」はやはり大きなニュースバリューだと痛感した。ただ、国民大半の人は、熊澤さんが大学出て官僚になった頃は、今よりはるかに農水省(当時は農林省。昭和53年からかの二百海里問題で漁業・水産業政策が重視され、省名に「水産」が挿入された)は重要官庁で入るのが難しかったことを知らないだろう。更に言えばそれだけ優秀な人材が多く入っていたはずで、その中で見事出世競争に勝ってトップの事務次官の椅子を得たのだから、熊澤さんの官僚としての能力は素晴らしいものだったに違いない。

熊澤さん

2019.06.08

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・・・・・・・・・・・・・河辺啓二の社会論(25)

2019年、官僚・元官僚が登場するニュースが後を絶たない。私なりに整理してみると、
❶飯塚幸三(87歳)・・・東大工学部応用物理学科卒。元通商産業省工業技術院長(「飯塚元院長」と報道されて「元医者」と勘違いする人がいたが、中央官庁には、会計検査院など「院」という組織がいくつかある)。4月19日、東池袋自動車暴走死傷事故。母娘2人死亡。(高齢者による交通事故については後日ブログします)
❷西田哲也(28歳)・・・東大工学部システム創成学科卒。経済産業省製造産業局自動車課課長補佐。4月27日、麻薬特例法違反(所持)の疑いで現行犯逮捕。
❸丸山穂高(35歳)・・・東大経済学部卒。元経済産業省係長。同省入省後わずか3年で退官し、その3年後に弱冠28歳で初当選、衆議院議員となる。5月、北方四島交流事業中、国後島訪問時の「戦争」発言等の御乱行の数々・・・。代議士辞めたくないらしい。

 と、ここまでくると旧通産省→経済産業省のキャリア軍団が「大活躍」で独壇場?(笑)といった印象だが、他省庁も黙ってはいない。
❹福沢光祐(44歳)・・・学歴は? 文部科学省初等中等教育局参事官補佐。5月28日、覚醒剤取締法違反(所持)及び大麻取締法違反(同)の疑いで現行犯逮捕。
2001年入省だから19年目で参事官補佐?ホントにキャリアかしらと思う。私は入省8年目くらいの31歳頃に参事官補佐(課長補佐クラス)になった。19年目はふつう、課長・参事官くらいになっているはずだけどなぁ。学歴も不明だし、「キャリア官僚」という報道は正しいのだろうか。
❺熊澤英昭(76歳)・・・東大法学部卒。元農林水産省事務次官。6月4日、同居する44歳の長男を包丁で刺したと通報し殺人未遂容疑で逮捕(のちに殺人容疑)。
私の古巣・農水省は(官僚関連ニュースに)登場しないよなと思っていたら、遂に来た、極め付きだ。官僚組織の最上位・トップ=事務次官、そして「殺人」。
〔❶、❷は東大工学部の先輩・後輩だが、ともに技官。ただ、工業技術院長といえば、通産技官の最高峰。事務官優位の霞が関だが、通産省は、農水省同様技官を多く抱えるも技官は事務次官に決してなれない。技官が事務次官になれるチャンスがある省庁は旧建設省・現国土交通省など僅かである。❸、❺は私と同じキャリア事務官。❹は?〕
霞が関というのは、各省庁ともキャリア官僚の先輩後輩の結びつきが大きい。何しろ、最もエリートとされるキャリア事務官は、各省庁で年間何百人も採用される職員のうち、わずか十数人から二十人程度(2001年の省庁再編成で国土交通省や総務省などマンモス官庁が誕生しこれら大官庁は三十人以上らしい)しかいない。だから、省庁ごとに上級職事務官だけで名簿が作られ、一つのムラが形成される(私の名前は「農林水産省法経学士名簿」に載っていて、退官後も民主党政権前まで同省秘書課(人事課のこと)から毎年送ってくれていた)。
十年以上も先輩の熊澤さんに直接仕えたことはないが、同じ事務官の先輩なので知ってはいたし、国際派という噂は聞いていた。私が農水官僚だった1980年代の職歴を調べてみると
1983年 - 農林水産省食品流通局企画課物価対策室室長
1984年 - 農林水産省経済局国際部国際企画課課長
1986年 - 農林水産省畜産局競馬監督課課長
1986年 - 農林水産省食品流通局砂糖類課課長
というポストだったようで、これでは私のいた森林、生糸、技術開発関係等の仕事と縁が薄く接触なかったなぁと納得した。
熊澤さんの同期の高木賢さんには、彼が繭糸(けんし)課長時代に係長として仕えた。高木賢さんも東大法学部卒でしかも司法試験合格者という「切れ者」だったが、食糧庁(当時)長官という農林水産事務次官に次ぐナンバー2のポストで退官し、弁護士になった。このほか、熊澤さんが事務次官になる前の農林水産審議官時代に支えた当時の事務次官・高木勇樹さんは彼らの1年先輩(やはり東大法)だが、長期在任(2年半←ふつう1年~1年半で交代するので異例。「大物次官」という話もある)だった。この高木勇樹さんは、私が、入省直後、役人振り出しの林野庁林政部林政課係員時代の上司で林政課総括課長補佐だった。当時から能吏と言われ未来の次官候補とされていたが、そのとおり18年後事務次官に駆け上った。確かに仕事が早かった印象で、無駄な残業はせずに、自分の仕事が済むと「お先に」と(飲みに?)退庁されていた記憶がある。先日、TVで熊澤さんの前任事務次官としてインタビューを受ける姿を見た。熊澤さんを優秀な官僚と褒めていたが、何十年ぶりに見るお顔はさすがに時の流れを感じるものであった(失礼!)。

軍艦島に上陸

2019.05.19

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・・・・・・・・・・・・・河辺啓二の旅行記(8)

「平成→令和」の連休を利用して家族旅行したが、今回最も印象に残ったのは長崎県の世界遺産「軍艦島」(正式名称は端島(はしま))だ。ここが世界遺産に登録されてから興味はあったが、今回やっと実際に観て島の地を踏み歩くことができた。
そもそも長崎県を訪れたのは何年ぶりだろう。愛媛県にいた中学生時代の修学旅行以来かな(ウン十年ぶり)。官僚時代、九州に出張で来たような覚えがあるが、何県を訪れたか記憶が定かではない。農林水産省というところは何しろ地方が行政の重きとなるので、北は北海道から南は沖縄(石垣島)まで日本全国いろんなところに出張させてくれた。その記憶も時の経過とともにあやふやになってしまった。
せっかく長崎県に来たからと、やはり世界遺産のグラバー園や大浦天主堂をも見学したが、運悪く、メインの旧グラバー住宅は工事中だった。
さて、軍艦島。常盤ターミナルというところから乗船、船に乗って、やがて軍艦島の見える箇所で周遊、その後上陸。そこの案内人(コンシェルジュ)が凄かった。「成人式は4回済ませました」という年齢にも関わらず、まさに矍鑠(かくしゃく)、背筋はピシっとし、すたすた歩き、また、マイク持っての解説がとてもおもしろく、上手。ここ軍艦島の炭鉱で働いていた人で今も観光案内している現役が2人いて、この方がそのうちの1人らしい。この素晴らしいガイドのお蔭で昭和30年代にタイムスリップした感があった。元の波止場まで戻るまで約3時間の楽しい「軍艦島ツアー」であった。
以下は公式HP「軍艦島上陸クルーズ」(www.gunkanjima-cruise.jp/about.html)からの抜粋。
――――――――――――――――――――――――――――――
日本の近代文化を支えた端島(軍艦島)
 1810年(文化7年)ごろ、端島(通称:軍艦島)で石炭を発見。
それから80年ほど経過した1890年(明治23年)、三菱社が島全体と鉱区の権利を買い取り、本格的に石炭の発掘が開始されました。
 端島炭鉱の石炭はとても良質で、隣接する高島炭鉱とともに日本の近代化を支えてきました。
 石炭出炭量の増加に比例するように島は急成長を遂げ、1960年(昭和35年)には5,267人が住んでいました。
当時の人口密度はなんと世界一。東京人口密度の9倍以上とも言われるほどでした。
 島内には、病院や学校・寺院・神社・派出所や映画館・理髪店などが立ち並び、島の施設だけで何不自由のない完全な都市として機能していた。
 しかし島の半分以上は鉱場。
その残りの土地に病院や学校・寺院・神社・派出所や映画館・理髪店などが立ち並んでいたため、建物と建物の間はとても狭く、島全体が家族のように仲良く暮らしていました。
 繁栄を極めた軍艦島でしたが、、主要エネルギーであった石炭がその座を石油へと移ることにより衰退の一途をたどります。
 1974年1月15日に閉山、この年の4月20日に全ての住民が島から離れ、軍艦島は無人島となりました。

令和

2019.04.13

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・・・・・・・・・・・・・・・・・河辺啓二の社会論(24)

新しい元号「令和(れいわ)」が公表された。まさか「令」の字が登場するとはと感じた人が大多数だったことだろう。
まぁ、ナン十年に一度のことだからと、私は、診療中の時間だったのでテレビに釘付けとはいかず、午前11時30分過ぎたら、患者さん1人終わるごとに診察机右にあるパソコンのネットでちらりと確認したものだ。
思えば、「平成」の幕開けは私の人生において大きな変化の年であった。平成元年春に、医学部合格・入学、官僚辞職そして結婚とまとめて「人生の大転換」を果たしたのだから。あれから30年経ってしまった。思えば、子供らは皆成人になってしまったし、親族・知人で鬼籍に入った人たちも多い。自らも「町医者」生活にどっぷり浸かってしまっている。
いよいよ人生3番目の元号「令和」時代に突入する。我が身に「平成」のときのような変化がどうも起きそうもないことに物足りなさと諦観を感じざるを得ない。官僚・医師に次ぐ第三の職業に就く動機と余力が乏しい。もちろん以前のブログで述べたように著述家や研究者になれれば楽しいだろうが、まだカネのかかる子供達を抱えて今の開業医の仕事を抛(なげう)つ勇気はない。夫婦仲も悪いほどでないので離婚するのも煩わしい。とすれば、現状を維持しながら人生の終盤戦の令和時代に突入するしかないのだろう・・・・。
さて、「令和」というネーミングについては、国民の間でいろいろ言われてはいるが、概ねポジティブな意見・感想らしい。いままで「令」といえば、「命ずる」「おきて」(命令、法令)の意味が第一義的だったが、今後はやや第二義的だった「よい」の意味が主となるのかもしれない(令嬢。令名)。
最近読んだ新聞で、東大の中国思想史専門家が「令和」に対して違和感を指摘している記事が印象に残った(4月10日付け朝日新聞)。当時の読み方では「令」は「れい」でなく「りょう」だと。その発音も「R」でなく「L」が近いと。漢字2文字の組み合わせも無理があるらしい。「「初の国書」という日本独自の歴史や文化をわざわざ強調する政府の姿勢が、大陸伝来の文化を基盤とする日本の伝統の成り立ちを軽視しているかのように映る」と述べている。更に「今回の政府の説明でも、中国古典の『文選』と国書『万葉集』のダブル典拠とすれば、東アジア友好のメッセージが伝わったはずなのに」とも。う~ん、この先生の御意見、納得だなぁ。

東大法学部は今後凋落していくのか

2019.03.17

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・・・・・・・・・・・・・・・・・河辺啓二の教育論(12)

〈東大文Ⅰより文Ⅱが難関に〉
この春、一部マスコミで報道されたが、今年の東大入試で、初めて文Ⅱが文Ⅰより難しくなったらしい。合格者の最低点・平均点・最高点のすべてが文Ⅱのほうが文Ⅰより上回ったという。
そもそも、このような合格最低点の発表など、昔はなかった。私は若いとき、理Ⅰを2回、年取って理Ⅲを1回と計3回受験しているが、一体何点で合格なのか、知る由(よし)もなかった。予備校や受検者の噂で「(二次試験は)だいたい5割以上、ただし理Ⅲは6割以上」(世間的に見れば、そんな低い点で受かるのかと思われるかもしれないが、それだけ東大2次の問題は難しいのだ)などと言われていたものだ。秘密主義が改められて今や徹底した公開主義となった。
【2019年の東大合格最低点:1次試験・2次試験の合計点】
文科一類: 351.8333、文科二類: 358.0667 、文科三類: 342.7222
理科一類: 334.6667 、理科二類: 330.3778、 理科三類: 385.3778
〔注:おおむね、文系が理Ⅲを除く理系より点が高いようだが、以下のように2次試験の科目・配点が異なるためで、文系が理系より優秀というわけではない。
(問題は英語のみ共通で、数学と国語は共通とは限らない。理系より文系のほうが高得点であるのは、理系数学の問題が難しいからではないかと思う。ちなみに東大数学は1問20点で理系6問、文系4問。この1問分(20点)が文系と理Ⅰ・理Ⅱとの点差にほぼ等しくなっている。)
  文科 英語120点、数学80点、国語120点、社会120点 合計440点
  理科 英語120点、数学120点、国語80点、理科120点 合計440点
 
〈東大の科類〉
我が国を代表する、最古の官立大学の東大は、入学時において少々他の大学と異なる。この文Ⅰとか理Ⅰとかいう科類だが、入学時いきなり○○学部○○学科というのがなく、全員、駒場の教養学部生となる。
文科一類:法学部へ進学
文科二類:経済学部へ進学、
文科三類:文学部、教育学部、教養学部等へ進学
理科一類:工学部、理学部(非生物系)等へ進学
理科二類:理学部(生物系)、農学部、薬学部、医学部等へ進学
理科三類:医学部医学科へ進学
1962年からこのような仕組みとなったらしく、それ以前は、おおむね
文科一類は社会科学→法学部・経済学部
文科二類は人文科学→文学部等
理科一類は自然科学(物質系)→工学部、理学部(非生物系)
理科二類は自然科学(生物系)→理学部(生物系)、農学部、医学部
という科類だった。要するに文科一類が2つに分かれ、理科二類が2つに分かれたということだ。推測するに、旧理科二類の中では医学部医学科進学を巡って熾烈な競争があったことだろう。現在の新理科二類でも、成績上位者10人だけ医学部医学科に進学できるため、激しい点取り合戦がある。平均点90近い点が必要だ。同じ東大生相手に90近い点を取るため、何年もわざと留年する学生もいる。試験場で85点以上取れなさそうだと思ったらわざと落第点を取って次年に期する作戦だ(ヘタに低い合格点を取ると平均点に組み込まれてしまい、修復不可能となるため)。

〈東大入試の得点計算〉
上記の合格最低点が小数点4桁まで算出されていることに、「?」と思う方は多いだろう。これは、1次試験(センター試験)の合計点(900点満点)を(むりやり?)110点満点に圧縮換算して、440点満点の2次試験の合計点に足したためである。
例えば、1次試験で合計800点、2次試験で230点だとすると
800×(110/900)+230=327.7777
う~ん、今年はこの得点ではどの科類も不合格だ。昔はこのくらいの得点なら理Ⅲ以外は受かったように思うが、受験生の学力が上がったというより、2次試験の問題が昔より易しくなったのだろうか?
1次試験:2次試験の比率が1:4という、2次試験比重の高さは我が国大学で最高だろう。それくらい、基礎学力の高い東大受験生では易しい1次試験の問題では差がつきにくいということだ。

〈東大法学部のプライド〉
昔から東大文系には、法学部>経済学部>文学部という「序列」があった。伝統的によく言われる例え話に
「法学部生は銀杏の葉の青い時季から勉強し、経済学部生は葉が色づいた頃から勉強し、そして文学部生は葉が落ちる季節になっても勉強しない」
といったものがある。それくらい、明治以来多くの大物政治家、官僚、法曹人(弁護士等)、大企業社長などを輩出してきた法学部の学生のプライドは高い。
ところが、(以前からもあったが)政治家や官僚の権威失墜の事件の数々・・・文系受験生にとって「東大文Ⅰ」は絶対的な憧れの最高峰でなくなってしまったのだ。先日観たテレビのインタビューで「昔のように天下りできないから官僚は魅力ない」とはっきり言い切る東大生もいて少し驚いたものだ。この学生のように現実的ウマミ・経済的メリットを考えることは決して非難できない。弁護士も(歯科医同様に過剰となり)「ワーキングプア」化傾向で憧れの職業でなくなりつつある。
私の若い頃は、受験生仲間では「まず現役では文Ⅰ受験、浪人したら文Ⅱ」と言われていた。理系でも「現役なら理Ⅰ、浪人したら理Ⅱ」という風潮があった。浪人したら受かりやすいほうの文Ⅱ、理Ⅱをということだ。実際、文Ⅰ・理Ⅰは現役比率が高く、文Ⅱ・理Ⅱは浪人比率が高かった(この傾向は今もほぼ同様だろう)。
今年のような「異変」は、上述のような法学部卒業後の職業の魅力低下のほか、やはり、文Ⅰより文Ⅱのほうが合格しやすいだろうという従来の方針でたまたま優秀な受験生が多かったせいかもしれない(昨年文Ⅰ落ちて文Ⅱ受験に回った浪人生が気の毒だが)。来年からの文Ⅰvs文Ⅱはどうなるか予測が難しい。

〈東大法学部はこのまま凋落するのか〉
東大医学部が凋落していると言われて久しい。理Ⅲの難易度が下がったというわけではなく、iPS細胞で京大医学部の名声が高まろうと、やはり国内医学部で最難関の地位を維持している。東大医学部の凋落は、この入口=入試のことではなく、(出口の)卒業生の他大学医学部教授激減のことである。鳥集徹著『医学部』に詳しく述べられている。
各大学医学部教授で東大医学部OBが占める割合
 51%;383人/755人(1980年)→19%;183人/961人(2017年)
更に言えば、英数国理社の能力と医師としての実力(特に外科系の手術の腕)との間の相関関係が乏しいことは誰しも認めることであろうが、東大OB医師が臨床現場でそれほどは活躍していないというのもあるとされる。。
東大法学部は、入口=入試の時点で凋落傾向が出現し始めていることになる。もし、今年だけでなく、長期的な状況になるとすると、その理由は、政治家、官僚、弁護士といった職業が魅力低下したことのほかに、昨今の異常とも言えるような医学部人気により、以前なら文Ⅰを目指すような偏差値の高い受験生(だいたいこういう学生は理数科目が苦手で文系に進むという人は少ない)が全国の医学部に流れている可能性が多々あるのではないか。前述の『医学部』では、数十年後は医師過剰となり、第二の歯科医、弁護士になるだろうと著者は予測している。
とはいえ、今のところ「医師は食いっぱぐれがない」「やり甲斐がある」というイメージがすぐに変わるとは思われない。すなわち、シンプルに言えば、もともと優秀な文系学生が経済学志向か医学志向に転じる傾向が今後も続くのではないだろうかと思う。この傾向が日本の将来にとってよいことなのか、それとも・・・・。

「七つの会議」―頑張れ、太田生まれのスター・岡田浩暉

2019.02.03

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・・・・・・・・・・・・・・・・・河辺啓二の映画論(6)
〈池井戸潤原作はおもしろい!〉
池井戸潤原作のドラマは大好きで、これまでテレビ、映画で幾度も楽しんできた。
テレビドラマでは、「半沢直樹」、「下町ロケット」「陸王」(すべてTBS系、他に「ルーズヴェルト・ゲーム」があったが、これは見逃した)に加えて「民王」(テレビ朝日系)もおもしろかった。(日本テレビ系の「花咲舞が黙ってない」は観ていない。)
映画では、昨年「空飛ぶタイヤ」を観たが、今年「七つの会議」が現在ヒット上映中である。やはりおもしろかった。私のように、農家に生まれ育ち、大人になって公務員と医師の人生を歩んできた人間にとって、民間企業を舞台にしたドラマは、そういう社会にいた経験がないだけに、興味深いし飽きない。もちろん、原作者の池井戸潤の非凡な創作力と、適材適所で選ばれた役者陣の活躍があるからなのだが。
〈群馬県太田市が生んだスター「岡田浩暉」〉
さて、今回の「七つの会議」だが、出演者に注目したい俳優がいる。我らが群馬県太田市新田木崎町(旧新田郡新田町木崎)に出身の岡田浩暉(おかだこうき)である。
私の妻子が卒業した木崎小学校・木崎中学校の卒業生であり、しかも、妻の同級生である。今回もこのスターと久闊を叙したという。〔注:「久闊(きゅうかつ)を叙する」;久しぶりに会って話をすること〕
岡田浩暉といえば、20年ほど前に、フジテレビ系の「ナースのお仕事」で主役の看護師・観月ありさの相手役の研修医を演じていたことが思い出される。
以下はウィキペディア「来歴・人物」より。
「小学校6年生の頃に洋楽にはまり、ギターを始めミュージシャンを目指すようになる。
大学卒業後は地元の群馬へ戻って就職し会社員に。しかし、音楽への夢を諦めきれず26歳でバンド「To Be Continued」としてデビュー。
ある時、バンドのPVを見たテレビ局のプロデューサーから、「俳優」として声が掛かる。そして1994年、中山美穂が主演を務めたドラマ『もしも願いが叶うなら』に出演。演技未経験のミュージシャンでありながら好演し、スペシャル版も作られるほどドラマもヒット。同時に挿入歌「君だけを見ていた」が50万枚超を売り上げ、オリコン最高順位4位となるヒットを記録。これを機に、ドラマへの出演オファーが続くようになり、2000年に「To Be Continued」が活動休止に入って以降は俳優として活躍。
2012年、出身地の宣伝を行う「ぐんま大使」に委託された。 」
〈郷土に凱旋〉
1月26日(土)、木崎行政センター(←もともとは公民館)に来てくれて、「岡田浩暉・トーク&歌謡ショー」が開かれ、地元住民ら400人が詰めかけた(標記の2019.1.29付け「上毛新聞」記事参照)。
つい最近のテレビドラマでは、「黄昏流星群」(フジテレビ系、このドラマではまぁまぁイイ役)と「下町ロケット」(TBS系)に出ていたが、「下町ロケット」ではとてもイヤな奴の役(農業法人の中心人物)を演じていた。この「イヤな奴」役に続き、今回の「七つの会議」での(ワケあり)グータラ社員役と、二枚目ではない少し悪役的な役も演じられるのも大役者への条件なのだろう。
ちなみに「トークショー」の後の「歌謡ショー」では持ち歌を5曲、カラオケの音で披露されたが、その歌声はさすがプロの歌手とうならせるほどだったらしい。

生まれ変わったら就きたい職業

2019.01.26

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・・・・・・・・・・・・・・・・・河辺啓二の社会論(23) 

 1月26日の朝日新聞土曜版におもしろいランキングが掲載されていた。「自由に職業を選ぶことができ、その能力も備わっている」という条件でアンケートした結果だ。対象年齢が書かれていなかったが、だいたい40歳代後半~80歳代の中高年のようだ。
 以前、あるテレビ番組で、やはり中高年の人たちに聞きました、もし生まれ変わったら今度はどんな職業に就きたいですか」というのがあった。1位:学者・研究者、2位:医者、3位:文筆家、4位:公務員・・・という結果だった。その頃、日本人ノーベル賞受賞ラッシュで涌いていた頃だったので、1位がこうなったのだろうと思っていたが、今回も同様だったので意外と感じた。しかし、この記事をよく読んでみると、このアンケートも昨年11月に実施されたという。その頃も本庶先生の受賞があったから、1位の研究者というのは本当に(いつアンケートしても)不動かなとやや疑ってしまうのは私の性格が曲がっているからであろうか。
 ともあれ、以前のもので2位と4位、今回のもので2位と5位の職業を私は実現したのだと少し矜恃のようなものを高めた。私がもう一つ目指すとしたら、1位の学者・研究者・大学教授は極めて厳しいが、3位の小説家はムリでも文筆家ならどうかなと・・・。既に大して売れない著書を4冊上梓したし・・・。まてよ、研究者でも理系でなく文系なら、例えば「上州弁研究家」だって研究者にならないかななどと妄想が膨らんでいく・・・。

2019・頌春

2019.01.01

退職・結婚・医学部入学で幕開けした平成時代は、
4人の子の子育てに追われつつ、開業医業務に
齷齪しているうちに過ぎ行こうとしています。
生まれ育った昭和、家庭を築き上げた平成に続く
新元号の時代は、私たちにとって人生第三幕となります。
子らの自立、そして軈て訪れて来る筈の悠然自得の老後生活を
目指して「当分の間」忙しい現役生活を走り続ける所存です。

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