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ボブ・ディランのノーベル文学賞

2016.10.26

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・・・・・・・・・・・・・河辺啓二の社会論(20)

〔予想外の授与〕
何年も前からこの有名シンガーソングライターが候補の一人として名を連ねていたことは知っていた。でも、まさかそうなるとは思ってもみなかった。ボブ・ディランのノーベル文学賞受賞である。毎年のように村上春樹がおおむね第1位候補になりながら、文学に疎い私には極めて馴染みのない外国の作家ばかりが選ばれるのが常だったのだが、今年は驚きの結果である。
〔超有名ではあるが〕
「ボブ・ディラン」は、私たち日本人にとってもビッグネームである。昭和40年代に大ヒットしたガロの「学生街の喫茶店」(作詞山上路夫、作曲すぎやまこういち)の中で「・・・片隅で聴いていたボブ・ディラン・・・」という歌詞があり、洋楽をあまり聴かない日本人でも、ボブ・ディランの曲は知らなくてもこのフレーズは知っているという方は多いのではないか。う~ん、その個人としての知名度は、エルビス・プレスリー並みか、ジョン・レノン、ポール・マッカートニーを凌駕している。
しかしながら、すごいヒットメーカーかというと、ビートルズやプレスリーなどと比べ、大きく劣っていることは否めない。ウィキペディア「ボブ・ディランの作品」によるとアルバム作品は全英や全米№1を幾つも出しているが、シングル曲は、なんと№1はひとつもない。
〔カバーされて大ヒット〕
有名どころで、代表曲「風に吹かれて」(←日本人には最も知られている)は、全英全米ともランク外(ただし、ピーター・ポール&マリーがカバーして全米第2位)、「ライク・ア・ローリング・ストーン」が全米第2位、「雨の日の女」も全米第2位、「レイ・レディ・レイ」が全英第5位、「天国への扉」が全米第12位(ただし、ダンブレンがカバーして全英第1位)といったところか。唯一全米1位は、ザ・バーズがカバーした「ミスター・タンブリンマン」だ。これまで「全米」は、ビルボード誌のことで述べたが、実はかつてはキャッシボックス誌というシングルチャートがあり、こちらで、本人が歌う唯一№1ソングが「ライク・ア・ローリング・ストーン」である。
(2015年8月2日付け「全米シングル№1獲得曲数トップのアーチストは?」参照)
〔今年来日コンサートを観た〕
実は、私はボブ・ディランの来日コンサートを2度観ている(と思う)。
1度目は、はるか昔、私が医学生時代だった1990年代に、当時通っていた英会話学校で親しくなったアメリカ人講師に、ある日突然誘われて(たしか)日本武道館に連れて行かれたと記憶している。彼の奥さん(日本人)も一緒だったかなぁ。チケット代を払った覚えがなく、彼のおごりだったような・・・。とにかく昔のことで曖昧な記憶しかない。
2度目は、なんと今年4月のこと。4月23日(土)夕方に東京ドームシティホールで追加公演があると知り、仕事終わって行ける時間帯だし、そのビッグネームに惹かれてチケット購入したのだ。公演は、予定通り17時に開演し、途中20分のブレイクを挟んで19時10分頃終了した。私にはあまり馴染みのない曲ばかりで、正直やや退屈してしまった(ボブ・ディランのファンには失礼だが・・・。)
〔ネイティブでない日本人には難解〕
ノーベル文学賞受賞の理由は、「米国歌謡の伝統の中に新しい詩の表現を創造したこと」とのこと。
実際の彼のコンサートを聴いて、我々日本人は英語の歌を聴いてもメロディーしか理解できない、歌詞の深さを理解することは到底できないと痛感したことだ。ボブ・ディランの曲は、ビートルズのような親しめる感じのものはあまりないように思われる。したがって、きっと歌詞はすばらしいのだろうが、楽曲としては大衆のウケはイマイチなのだろう。だから全米ビルボードで1回もトップを獲得できなかったのではと考えざるを得ない。
ボブ・ディラン以外にも優れた詩を書くシンガーソングライターはいる。私の好きなソングライターだと、例えば、サイモン&ガーファンクルのポール・サイモンとか。ビートルズのジョンやポールも、初期はラブソングばかりの印象だったが、成長してよい詩を書いた筈だ。日本では、作曲よりはるかに作詞に時間を割くという小椋佳が「詩人」だろう・・・。

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2016.10.12

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2016.10.02

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1発ツモで青の洞窟に入れた

2016.09.25

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・・・・・・・・・・・・・河辺啓二の旅行記(5)

この夏、イタリアを旅することができた。
官僚時代末期の総務庁(現総務省)勤務だったとき、政府代表団の一員としてILO(国際労働機関)の会議に参加した。スイスのジュネーブに1か月近く滞在し、週末ごとに観光地に出掛けていて、そのうちの1回がイタリア・ローマ観光だった。ちょうど医学部再受験を決意し密かに受験勉強を開始して間もない頃だった。数学や物理の受験本をトランクに入れてジュネーブ入りしたものの、一度も開けることがなかった。なにしろ生まれて初めての海外だったから。ということで、ほぼ30年ぶりのイタリアである。
ミラノから入り、ベネツィア(ベニス)、フィレンツェ、ローマと約1週間かけてパックの観光ツアーだ。途中、フィレンツェでのオプショナルツアーでピサの斜塔を半日観光した。観光客でごった返すピサでは周りに多くの日本語を聞き、いかに日本人にイタリア観光者が多いか、いかに日本人がイタリア好きかを感じたものだ。
ローマでの最終日、やはりオプショナルツアーでカプリ島一日観光に参加した。朝7時に「マイバス」でローマを出発し3時間半かけてナポリに到着。船に乗って小1時間でカプリ島へ。そこの港からモーターボートで青の洞窟(Grotta Azzurra)の手前まで行き、更に手漕ぎ小船に乗り換えて洞窟に中に入って行く。このとき正午頃。洞窟の中は、ガイドブック等で見たとおり、誠に綺麗な青色の海、神秘的な雰囲気に包まれている。洞窟内では何艘もの小舟が廻っており、船頭達が大きな声でなにやらカンツォーネを歌っている。洞窟内の奥行きはたかだか50mだから、あっという間に1周が終わる。私達の乗る船の船頭は、チップを2倍払えばもう1周してくれると言う。もちろん話に乗ったが、この「営業」を船頭君は日本語で行った。イタリア人の営業努力は大したものだ。洞窟内で頑張って撮影したが、人物像は困難。やっとこのような写真を撮ることができた程度である。
無事、青の洞窟観光を終え、同島の港に戻って昼食やショッピングを済まし、ナポリ→ローマと帰ってきたが、出発地に着いたとき、午後7時半はとっくに過ぎていた。12時間強のカプリ島青の洞窟ツアーであった。実は、今回は幸運のスイスイツアーだったようだ。カプリ島の港でモーターボートに乗り換えるにもたいそう待つことがあるらしいし、更に、青の洞窟手前でずいぶん待たされた気がしたが、私達の待ち時間はまだいいほうらしい。そして何より、青の洞窟内に入れたことが僥倖だった。何しろ入り口(の穴)が狭く、私達乗客は頭と身体を船底に沈めないと頭部を岩にぶつけてしまう。天候がよくても、波が高いと進入不可能となるらしい。後日、帰国してイタリアによく行く人の話を聞くと、進入可能性の最も高い8月に5回行って入れたのは2回だけだと。1回めの「トライ」で成功するとはとてもラッキーなのだ。

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やはりオリンピックはエキサイティング

2016.08.31

・・・・・・・・・・・・・河辺啓二のスポーツ論(7)

オリンピックは、やはりおもしろい、感動や感激を与えてくれるものだ。4年に1度しかない、多数のスポーツ競技を世界中のトップ選手が一堂に会して行われるという特殊性からか。普段からテレビ観戦できるサッカーやテニスと違い、重量挙げとかバドミントンとか、あまりテレビで観ることの少ないスポーツに触れられるという喜びがあることは確かだ。特に私のような「非スポーツマン」でも観戦するとついつい見入ってしまう。世界最高峰のプレイヤーが最高の演技を行おうと必死の形相を見せてくれるのは、実に美しいものだ。勝者にも敗者にも魅せられてしまう。
とはいえ、メダル獲得者、特に金メダリストが、最高に素晴らしく見えることは否めない。

順位国・地域  金   銀   銅   合計
1米国     46   37   38    121
2英国     27   23   17    67
3中国     26   18   26    70
4ロシア    19   18   19    56
5ドイツ    17   10   15    42
6日本      12    8   21    41
7フランス   10   18   14    42
8韓国     9    3   9     21
9イタリア   8    12   8     28
10豪州    8    11   10     29

今大会では、金メダル12個(第6位)、メダル総数41個(第7位)と「スポーツ大国」と喧伝してよいくらいの実績を残した。そこで注目したいのが、世界第3位の証である銅メダルの数だ。日本の21個は、米国、中国に次ぐ第3位の数である。確かに派手な金メダルに比べ、銅メダルというのはその色のとおりやや地味な印象がある。その「大量生産」に最大寄与したのが、柔道だ。男子60kg級・66kg級・81kg級・100級、女子48kg級・52kg級・57kg級・78kg超級と、男女合わせて8個も稼いでいる。これらの選手は全て金メダルを取れる程の実力者であり、実際金メダルを期待されて出場している。だから、みな、試合後のインタビューでは、メダル獲得の喜びより、金メダルを取れなかった悔しさをにじませていたものだ。私がいたく感心するのは、どの選手も、途中敗れて敗者復活戦に回っても「くさらずに」懸命に戦った姿である。金メダル狙いでしかもその可能性が高い試合に臨んでその可能性が絶たれた場合、フツーのメンタリティーの人間なら「くさって」しまうのではないか。彼らの精神力に心から拍手を送りたい。

女性の政治リーダーの時代、遂に到来か

2016.07.31

・・・・・・・・・・・・・河辺啓二の政治・行政論(25)

東京都知事は、下馬評どおり小池百合子氏が当選となった。
私が密かに応援していたのは(私は群馬県民だから投票できず)、有力3候補の中では、76歳の鳥越氏だ。高齢でも頑張っている姿が、私たち多くの中高年者にとって励みであるし、また、ガンを何度も克服していることは、これまた多くのガン患者(闘病中の人も経験者も)にとってやはり大きな励みとなることは間違いない。しかし、これまで「強い」と言われてきた「後出しジャンケン」にもかかわらず、予想以上に大差で敗れてしまった。
もう一人、関心が高い立候補者といえば、マック赤坂だ。彼の政見放送は毎回楽しみなのだが、今回は恒例のコスプレなしの、彼にしてはとても「真面目な」政見放送だった。「そんな異端児、どこにいたんじ」「ここにいたんじ」のオヤジギャグには笑ってしまったが、都議を廃止しての区議兼任制の提唱や、都知事無報酬の宣言など、思わず聞き入る内容もあった。
それにしても、女性の政治リーダーの時代到来の感が強まっている。
長きにわたって、欧州一の経済大国ドイツのトップを務めるアンゲラ・メルケル首相(62)、EU離脱に伴った形でつい最近就任したテリーザ・メイ英国首相(59)、女性初のアメリカ大統領となる可能性の高いヒラリー・クリントン(68)。まさに西洋の主要3か国・米英独のトップがすべて女性となる勢いだ。西洋主要国といえば、もう一つ、フランスだが、こちらは国政トップとなりそうな国会議員は、今のところいなそうだ。
アジア、特に我が国の隣国に眼を向けてみると、こちらも、女性リーダーの時代だ。韓国の朴槿恵(パク・クネ)大統領(64)に台湾の蔡英文(さい・えいぶん)総統(59)がいる。しかし、アジアで経済規模一位と二位の中国と日本は、当分の間、なさそうだ。
とまれ、今回の首都の女性知事当選が、将来の日本初の女性首相誕生につながる第一歩かもしれない。

舛添要一センセイ(2)

2016.06.25

・・・・・・・・・・・・・河辺啓二の社会論(19)

次に舛添要一センセイにお会いしたのは、あの途中で終わった「政治学」講義から約14年後、テレビ朝日「ビートたけしのTVタックル」(今は、日曜ヒル放映に変わったねぇ)収録スタジオであった。私にとって初めてのテレビ出演である。
パネリストほどの有名人でない私は、ゲストの元官僚3人のうちの1人として登場。あとの2人とは、このTV出演後、民主党議員となった田村謙治氏(衆)と藤末健三氏(参)である。彼らが財務省、経済産業省という花形官庁OBだったのに対し、私は地味な農林水産省OBであるため見劣り感は否めない。せめて、東大理Ⅲ出て医師になったとでも紹介してくれたら格好がつくのに、現職の紹介はなかった。視聴者は「この中年男、今何してるの?」くらいに思ったことだろう。
そのときのパネリストに、常連の舛添センセイや田嶋陽子さんがいた。その舛添さんに「駒場の900番教室でセンセイの「政治学」の講義を聴いていました」とお話したような気がするが、センセイの反応がどうだったかも覚えていない。当然、その受け答えは放映されず。覚えているのは、初っぱな、私の声が小さくて、田嶋先生に「声が小さい!」と一喝されたことと、ビートたけしや大竹まことの毒気に当てられたことくらい。政治家志願(しかも花形省庁出身)の他の2人の雄弁さにかなうわけがなかった。
このときのテレビ収録が、舛添センセイをナマで拝見する最後の機会であった。後に、テレビ朝日「朝まで生テレビ」に2回出演したが、その頃は、彼は登場していなかった。「代わり」にお会いし直接お話したのは、猪瀬直樹氏であった。
〔追記1〕
 前回のブログを公表してすぐくらいに、TBSの「白熱ライブ ビビット」という番組のディレクターから電話がかかってきた。私のブログを読んで、東大助教授時代の舛添さんの女性関係について何か知らないかなどといった情報収集のようだった。もちろん、古い話でもあり、大した情報提供もできなかった。それにしても、これほどマイナーな私のブログに、大放送局のディレクターがよくたどり着いたものだなぁと内心驚いた。
〔追記2〕
舛添センセイの「舛」の字に着目。通常、度量衡器の「ます」と言えば、通常「枡」「升」「桝」が当てはまる。これらに他の意味はない。ところが「舛」の字は、「升」と同じ「ます」の意味のほかに「そむく、たがう」という意味があるのだ。熟語として「升午(←忄に午でも可。「せんご」と読み、「そむきたがう」という意)」がある。まさに、このセンセイ、一千万都民の期待にそむいてしまった・・・。

舛添要一センセイ(1)

2016.05.31

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・・・・・・・・・・・・・河辺啓二の社会論(18)

かつて首相候補ナンバーワンとまで言われたことのある舛添要一センセイの評判が地に落ちた。もう、政治家としてはよい意味で脚光を浴びることはないであろう。
ナマの舛添さんに接した機会が二度ある。
〔東大教養学部の有名助教授〕
まずは、今から27年くらい前のこと。官僚を辞して東大理三に入学し、駒場の一般教養科目で「政治学」を選択した。その理由は、当時テレビ朝日の「朝まで生テレビ」で論客として大活躍し、既に有名人となっていた舛添助教授の講義と聞いて「ミーハー」な私は心が傾いた訳である。
ただ、きつかったのは一時限め、8時30分からの講義だということ。理系の私の場合、第一外国語・第二外国語に加えて自然科学の数学・物理学・化学・生物学が必修で二時限め以降ぎっしりと詰まっているため、選択の「政治学」などの社会科学・人文科学は一時限めに追いやられていたのだ。にもかかわらず、有名助教授ということで、出席者は多かったと記憶している。
〔多言語の天才?〕
講義内容はもちろん忘れてしまったが、やたら黒板に、英仏独などいろんな言語で政治用語等を書いていたことは覚えている。講義中「この中で第二外国語としてロシア語を取っている人は手を挙げて」と言うも、ほとんど該当者がいないことを知り、ロシア語学習者減少の現状を思い知った様子であった。彼は、英仏独語に加え、ロシア語、スペイン語、イタリア語までできるという。
〔若いときもセコかった?〕
そういえば、今話題の「セコさ」の片鱗は、この頃もあったなぁ。彼が書いた本が何冊か、この「政治学」学習者の指定図書となっていたので、2冊だったか3冊だったか、大学の生協で買って読んでみた。すると、内容の重複する部分が多々あって「あれ?」と感じた。後に、このことを舛添センセイの主宰するゼミで学生が追求すると笑ってごまかしていたとか・・・(笑)。
〔突然の辞任〕
当時の私にとっては「早朝」の講義に、何回か、眠い眼を擦りながら出席したが、6月のある日、学生用掲示板に「舛添助教授退官につき、「政治学」の講義は、次回からは●●助教授が担当します。」とあるので、驚いた。噂では舛添氏と大学が衝突したとか。また、法学部出身でありながら、法学者本流の法学部でなく、教養学部で教鞭を執ることに嫌気がさしたとか・・・。
朝の早起きに疲れを感じていた私は、後任の助教授の講義には、結局一度も出席しなかった。社会科学は、たしか別の講義科目を受験して単位取得したと記憶している。
〔オン・ザ・ベッド〕
余談を一つ。舛添センセイが主宰するゼミと書いたが、このゼミ(国際政治関係だったかなぁ。もちろん私は属せず)に所属する文科一類(法学部)の若い学生で、別のゼミで私と親しくなった人がいた。そのゼミは、英語のゼミで、主宰者はネイティブの先生だった。私は「タダで英会話の勉強ができる」というセコい(!)理由で参加していた。その文一生は、私の経歴に関心を持ち、仲良くなったのだ。(私の記憶では、優秀なその彼は、私の影響か、文一生の典型的コースの官僚にはならず、民間企業に就職したはずだ。)
さて、彼が教えてくれた話でおもしろいことがある。その舛添センセイのゼミの最中だかコンパ中だったかに
「センセイみたいに多くの外国語をマスターするにはどういう方法がよいのですか」と学生に訊かれたセンセイのご回答が
「そりゃ、キミ、オン・ザ・ベッドだよ。オン・ザ・ベッド!」
だったとか。フランス、ドイツ等、、長いヨーロッパでの生活中、多くの欧州女性におモテになったようで。若い時は髪の毛フサフサだったし、実際最初の奥さんはフランス人だもんなぁ・・・。

COMMA-DADA

2016.04.29

・・・・・・・・・・・・・河辺啓二の音楽論(16)

『ザ・ビートルズ 2』ベストセレクションライブというものを見て(聴いて)来た。場所は東京/銀座のHIT STUDIO TOKYO という、あまり大きくはないライブ会場だった。 
ほとんど何のライブか知らず、とにかくビートルズをやってくれるという思いだけで、(仕事から解放された)日曜午後の時間帯だから家族揃って楽しもうという程度の期待だった。初めて見た「コマダダ」というバンドの演奏は、その期待を大きく上回り、素晴らしいものであった。(後にネットで調べたら、かなり実績のある、ビートルズコピーバンドであることがわかった)
『ザ・ビートルズ 2』というライブ名になったのは、以前『ザ・ビートルズ 1』でその名のとおりのベストアルバムの曲を演じたらしく、それら以外の名曲、ヒット曲を行うためだとのこと(納得!)。
前半は「ヤングコマダダ」ということで、初期のビートルズを「若作り」(鬘しているメンバーも)の格好で十数曲演奏した。休憩を挟んで後半は、「素」の格好で成熟したビートルズを沢山演じてくれた。
みな上手だったが、ジョン役の人が特にうまいなぁと感じた。「ロックンロールミュージック」なんか最高だった。
いずれにせよ、また、彼らのパフォーマンスを見てみたい。これまで私が見た、数々の日本のビートルズコピーバンドの中では最高峰、来日したFAB-FOUR、RAIN、LET IT BEと比べても遜色ない、世界にも通用するコピーバンドと思う。

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