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記事一覧

舛添要一センセイ(2)

2016.06.25

・・・・・・・・・・・・・河辺啓二の社会論(19)

次に舛添要一センセイにお会いしたのは、あの途中で終わった「政治学」講義から約14年後、テレビ朝日「ビートたけしのTVタックル」(今は、日曜ヒル放映に変わったねぇ)収録スタジオであった。私にとって初めてのテレビ出演である。
パネリストほどの有名人でない私は、ゲストの元官僚3人のうちの1人として登場。あとの2人とは、このTV出演後、民主党議員となった田村謙治氏(衆)と藤末健三氏(参)である。彼らが財務省、経済産業省という花形官庁OBだったのに対し、私は地味な農林水産省OBであるため見劣り感は否めない。せめて、東大理Ⅲ出て医師になったとでも紹介してくれたら格好がつくのに、現職の紹介はなかった。視聴者は「この中年男、今何してるの?」くらいに思ったことだろう。
そのときのパネリストに、常連の舛添センセイや田嶋陽子さんがいた。その舛添さんに「駒場の900番教室でセンセイの「政治学」の講義を聴いていました」とお話したような気がするが、センセイの反応がどうだったかも覚えていない。当然、その受け答えは放映されず。覚えているのは、初っぱな、私の声が小さくて、田嶋先生に「声が小さい!」と一喝されたことと、ビートたけしや大竹まことの毒気に当てられたことくらい。政治家志願(しかも花形省庁出身)の他の2人の雄弁さにかなうわけがなかった。
このときのテレビ収録が、舛添センセイをナマで拝見する最後の機会であった。後に、テレビ朝日「朝まで生テレビ」に2回出演したが、その頃は、彼は登場していなかった。「代わり」にお会いし直接お話したのは、猪瀬直樹氏であった。
〔追記1〕
 前回のブログを公表してすぐくらいに、TBSの「白熱ライブ ビビット」という番組のディレクターから電話がかかってきた。私のブログを読んで、東大助教授時代の舛添さんの女性関係について何か知らないかなどといった情報収集のようだった。もちろん、古い話でもあり、大した情報提供もできなかった。それにしても、これほどマイナーな私のブログに、大放送局のディレクターがよくたどり着いたものだなぁと内心驚いた。
〔追記2〕
舛添センセイの「舛」の字に着目。通常、度量衡器の「ます」と言えば、通常「枡」「升」「桝」が当てはまる。これらに他の意味はない。ところが「舛」の字は、「升」と同じ「ます」の意味のほかに「そむく、たがう」という意味があるのだ。熟語として「升午(←忄に午でも可。「せんご」と読み、「そむきたがう」という意)」がある。まさに、このセンセイ、一千万都民の期待にそむいてしまった・・・。

舛添要一センセイ(1)

2016.05.31

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・・・・・・・・・・・・・河辺啓二の社会論(18)

かつて首相候補ナンバーワンとまで言われたことのある舛添要一センセイの評判が地に落ちた。もう、政治家としてはよい意味で脚光を浴びることはないであろう。
ナマの舛添さんに接した機会が二度ある。
〔東大教養学部の有名助教授〕
まずは、今から27年くらい前のこと。官僚を辞して東大理三に入学し、駒場の一般教養科目で「政治学」を選択した。その理由は、当時テレビ朝日の「朝まで生テレビ」で論客として大活躍し、既に有名人となっていた舛添助教授の講義と聞いて「ミーハー」な私は心が傾いた訳である。
ただ、きつかったのは一時限め、8時30分からの講義だということ。理系の私の場合、第一外国語・第二外国語に加えて自然科学の数学・物理学・化学・生物学が必修で二時限め以降ぎっしりと詰まっているため、選択の「政治学」などの社会科学・人文科学は一時限めに追いやられていたのだ。にもかかわらず、有名助教授ということで、出席者は多かったと記憶している。
〔多言語の天才?〕
講義内容はもちろん忘れてしまったが、やたら黒板に、英仏独などいろんな言語で政治用語等を書いていたことは覚えている。講義中「この中で第二外国語としてロシア語を取っている人は手を挙げて」と言うも、ほとんど該当者がいないことを知り、ロシア語学習者減少の現状を思い知った様子であった。彼は、英仏独語に加え、ロシア語、スペイン語、イタリア語までできるという。
〔若いときもセコかった?〕
そういえば、今話題の「セコさ」の片鱗は、この頃もあったなぁ。彼が書いた本が何冊か、この「政治学」学習者の指定図書となっていたので、2冊だったか3冊だったか、大学の生協で買って読んでみた。すると、内容の重複する部分が多々あって「あれ?」と感じた。後に、このことを舛添センセイの主宰するゼミで学生が追求すると笑ってごまかしていたとか・・・(笑)。
〔突然の辞任〕
当時の私にとっては「早朝」の講義に、何回か、眠い眼を擦りながら出席したが、6月のある日、学生用掲示板に「舛添助教授退官につき、「政治学」の講義は、次回からは●●助教授が担当します。」とあるので、驚いた。噂では舛添氏と大学が衝突したとか。また、法学部出身でありながら、法学者本流の法学部でなく、教養学部で教鞭を執ることに嫌気がさしたとか・・・。
朝の早起きに疲れを感じていた私は、後任の助教授の講義には、結局一度も出席しなかった。社会科学は、たしか別の講義科目を受験して単位取得したと記憶している。
〔オン・ザ・ベッド〕
余談を一つ。舛添センセイが主宰するゼミと書いたが、このゼミ(国際政治関係だったかなぁ。もちろん私は属せず)に所属する文科一類(法学部)の若い学生で、別のゼミで私と親しくなった人がいた。そのゼミは、英語のゼミで、主宰者はネイティブの先生だった。私は「タダで英会話の勉強ができる」というセコい(!)理由で参加していた。その文一生は、私の経歴に関心を持ち、仲良くなったのだ。(私の記憶では、優秀なその彼は、私の影響か、文一生の典型的コースの官僚にはならず、民間企業に就職したはずだ。)
さて、彼が教えてくれた話でおもしろいことがある。その舛添センセイのゼミの最中だかコンパ中だったかに
「センセイみたいに多くの外国語をマスターするにはどういう方法がよいのですか」と学生に訊かれたセンセイのご回答が
「そりゃ、キミ、オン・ザ・ベッドだよ。オン・ザ・ベッド!」
だったとか。フランス、ドイツ等、、長いヨーロッパでの生活中、多くの欧州女性におモテになったようで。若い時は髪の毛フサフサだったし、実際最初の奥さんはフランス人だもんなぁ・・・。

COMMA-DADA

2016.04.29

・・・・・・・・・・・・・河辺啓二の音楽論(16)

『ザ・ビートルズ 2』ベストセレクションライブというものを見て(聴いて)来た。場所は東京/銀座のHIT STUDIO TOKYO という、あまり大きくはないライブ会場だった。 
ほとんど何のライブか知らず、とにかくビートルズをやってくれるという思いだけで、(仕事から解放された)日曜午後の時間帯だから家族揃って楽しもうという程度の期待だった。初めて見た「コマダダ」というバンドの演奏は、その期待を大きく上回り、素晴らしいものであった。(後にネットで調べたら、かなり実績のある、ビートルズコピーバンドであることがわかった)
『ザ・ビートルズ 2』というライブ名になったのは、以前『ザ・ビートルズ 1』でその名のとおりのベストアルバムの曲を演じたらしく、それら以外の名曲、ヒット曲を行うためだとのこと(納得!)。
前半は「ヤングコマダダ」ということで、初期のビートルズを「若作り」(鬘しているメンバーも)の格好で十数曲演奏した。休憩を挟んで後半は、「素」の格好で成熟したビートルズを沢山演じてくれた。
みな上手だったが、ジョン役の人が特にうまいなぁと感じた。「ロックンロールミュージック」なんか最高だった。
いずれにせよ、また、彼らのパフォーマンスを見てみたい。これまで私が見た、数々の日本のビートルズコピーバンドの中では最高峰、来日したFAB-FOUR、RAIN、LET IT BEと比べても遜色ない、世界にも通用するコピーバンドと思う。

漢字学習で「発見」するもの

2016.03.31

・・・・・・・・・・・・・河辺啓二の勉強論(11)

漢字の「お勉強」をしていると、こんな年齢になって初めて「え~、こんな漢字だったんだ」と「発見」する漢字と読みの組み合わせが多々あることに気づく。つまり普段日常会話でよく使う言葉だが、まさか該当する漢字があるとは知らないものである。以下は、特に印象に残ったもののほんの一部。

①転(     )と向きを変えた。
②熟々(      )いやになった。
③態態(      )お越しいただき恐縮です。
④地震に吃驚(      )する。
⑤鈍鈍(      )運転
⑥巫山戯(     )るのはやめてくれ。
⑦御洒落(      )な紳士
⑧急度(     )失敗するだろう。
⑨彼の話に魂消(     )る。
⑩失敗して悄気(     )る。
⑪零落(     )れて故郷に帰る。
⑫とっさのことで狼狽(     )える。
⑬出発を躊躇(     )う。
⑭草臥(     )れた着物
⑮含羞(     )んでうつむく。

半分以上読めた人は、大したものだ。漢字をよく知っている人か、非常に国語感覚が鋭い人(文全体から推測する力が高い)だと思う。
解答は次のとおり。
転( くるり )、熟々( つくづく )、態態( わざわざ )、吃驚( びっくり )、鈍鈍( のろのろ )、巫山戯( ふざけ )、御洒落( おしゃれ )、急度( きっと )、( たまげ )、悄気( しょげ )、零落( おちぶ )、狼狽( うろた )、躊躇( ためら )、草臥( くたび )、含羞( はにか )

1月はChicago、2月はMadonna

2016.02.21

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・・・・・・・・・・・・・河辺啓二の音楽論(15)

やはり、Chicagoはよかった。(2010.04.19付け「バンド「Chicago」の特異性」参照)
メンバーの高齢化が進んでいても、2010年、更には2012年に観た(聴いた)ときと変わらぬ素晴らしい演奏と歌声だった。代表曲の「素直になれなくて」「長い夜」など多くの曲でのリードボーカルを務めるジェイソン・シェフ(ピーター・セトラの後釜)の風貌が老け、68歳~71歳のオリジナルメンバーとの違和感が薄らいだ気がしたのは私だけだろうか。とはいえ、まだ53歳のジェイソンの甲高い声は健在だった。彼の歌声とベース演奏は、少なくともあと十年くらいはもつと思うが、オリジナルメンバー4人はどうだろうかと心配ではある。80歳であの金管楽器を変わらず演奏するのはムリだろうな・・・。数年ごとに来日しているようで、次回も必ず彼らのコンサートに行ってみよう。
今回は、驚くことがあった。2010年、2012年は東京国際フォーラムがコンサート会場だったが、今年は、東京でなくパシフィコ横浜。そこのホテルのラウンジでコーヒーを飲んでいると、なんとシカゴのメンバー、ルー・パーディ-ニ(2009年に脱退したビル・チャンプリンの「後釜」。キーボードとボーカル担当)がやって来てカウンターで何か飲んでいたのだ。彼はシカゴで最も新しいメンバーだからか、たった1人であった。せっかくの機会なので、声を掛け
「You are better than Bill Champlin. 」
と持ち上げておいた。持ち合わせていたコンサートのパンフの余白にサインしてもらった(上のとおり)。
セットリストは、以下のとおり。いつものとおり、ヒット曲は、しっかりと披露してくれたのは嬉しい。
<第1部>
1. Introduction
2. Questions 67 & 68
3. Dialogue (Part I & II)
4. If You Leave Me Now
5. Alive Again
6. Wake Up Sunshine
7. Now
8. Call on Me
9. (I've Been) Searchin' So Long
10. Mongonucleosis
11. Will You Still Love Me?
12. Another Rainy Day in New York City
13. Look Away
14. Ballet for a Girl in Buchannon
Make Me Smile
~ So Much to Say, So Much to Give
~ Anxiety's Moment
~ West Virginia Fantasies
~ Colour My World
~ To Be Free
~ Now More Than Ever
【15分休憩】
<第2部>
1. Old Days
2. Does Anybody Really Know What Time It Is?
3. Hard Habit to Break
4. You're the Inspiration
5. Beginnings
6. I'm a Man
7. Street Player
8. Just You 'n' Me
9. Hard to Say I'm Sorry~Get Away
10. Saturday in the Park
11. Feelin' Stronger Every Day
(Encore)
1. Free
2. 25 or 6 to 4
----------------------------------------------------------
 シカゴのコンサートの興奮、いまださめやらず、だが、2月13日、マドンナMadonna Rebel Heart Tourのコンサートに行って来た。会場は、さいたまスーパーアリーナだ。Rebelとは、反逆者、謀反人という意味。いかにもマドンナらしいネーミングだ。
 私は、特にマドンナファンではないが、仕事の終わった土曜の夕方だし、妻と一緒だし、また、全米1位獲得曲数6位12曲という大ヒットメーカーだし(2015.08.02「全米シングル№1獲得曲数トップのアーチストは?」参照)、ということで、10年ぶりの来日コンサートに参った次第だ。
 「Like a Virgin」など数曲しか馴染みのない私でも退屈しなかったのは、オントシ57歳とは思えないその美貌というより、ステージで次々と繰り広げられる、メンバーたちのサーカスのようなパフォーマンスのためだ。シカゴは知っている曲ばかりで思う存分「コンサート」を楽しめた。マドンナは、曲を聴くというより、ステージで行われる、まさに「ショー」を楽しむという感じだ。今までよく事故もなくやってこれたものだと感心。
 ただ、開演の遅れには参った。17時開場、19時開演の予定だった。19時から「前座」と称してDJなんとかという人がステージでノリのいい音楽をかけながら「トーキョー!」などと雄叫びを上げるだけのパフォーマンスがなんと1時間も! てっきり15分くらいで終わるものと予想していた私は、若干イライラ感も。20時になって、さぁ「本番」が始まるかと思うも、その後1時間の「休憩」。結局、主役のマドンナが壇上に現れたのは、21時過ぎ。結局2時間遅れの開演だ。2時間の「ショー」が終わったのは、23時。(17時から会場に来ていた熱狂的ファンは、最後の2時間のショーのために4時間もの間、固い椅子に座って辛抱強く待っていたことになる。)
 「ショー」終了後急いで帰宅するも、寝床に就いたのは午前2時だった。翌日が日曜でよかった・・・。

「コウノドリ」は秀作医療ドラマだ

2016.01.03

・・・・・・・・・・・・・・・・河辺啓二のTVドラマ論(10)

2015年10月~12月の夜のTVドラマは、おもしろい医療ドラマ&医者主人公ドラマが目白押しだった。これまでこんなにも「テレビっ子」になったことがあっただろうかと思うほど毎日のようにテレビを見てしまった(反省)
火曜日 NHK「わたしをみつけて」・・・珍しく准看護師が主人公
水曜日 フジ「無痛」・・・患者の外観を見ただけで診断できる医師が主人公
木曜日 朝日「遺産争族」・・・葬儀屋に婿入りする研修医が主人公
(金曜日 テレ東「釣りバカ」・・・医療無関係だがついつい見てしまった)
金曜日 TBS「コウノドリ」・・・珍しく産科医が主人公
土曜日 NHK「破裂」・・・心臓外科医と官僚が主人公という珍しい組み合わせ
日曜日 TBS「下町ロケット」・・・後半は「ガウディ計画」で半分医療ドラマに

このほかにも産婦人科が舞台の「デザイナーベイビー」(火曜日NHK)もあった。これは、私が医学生のとき産婦人科学の講義をしてくれた岡井崇先生の書いた小説が原作だったにもかかわらず観ずに終わった(ほかのドラマで忙しかった)。おもしろそうなテーマだったが・・・、岡井先生、すみません。
視聴率ダントツの「下町ロケット」は確かにおもしろかったが、最も心を打ったのは、綾野剛主演の「コウノドリ」だ。こんなに心に響いたTVドラマは、何年か前の「風のガーデン」(2008年フジテレビ 緒形拳の遺作)以来である。

「赤ちゃんはフツーに生まれるのが当たり前」と考えがちな「お産シロウト」の視聴者にぜひ観てもらいたい名作だった。「赤ちゃんが生まれるのは奇跡なんです」というメッセージがよく伝わっていた。よくあるスーパー天才外科医が難手術を次々と成功させ、いつもハッピーエンドに終わる医療モノと違い、不幸にして赤ちゃん又は母体が助からなかったり、あるいは赤ちゃんの命が助かっても障害が残ったりするなど、極めて現実的な結末も頻繁に登場する、とてもリアリティーに富んだ医療ドラマだ。
リアリティーといえば、一部模型もあったようだが、多くは本物の赤ちゃん(協力病院のおかげ)が「出演」して、極めて実際に近いお産シーン、手術シーンを見せてくれた。医学生のときの学生実習のときから、お産は感動的だと感じていた私にとって、これらシーンはどれも胸打つものであった。
また、こんな優しい産科医がいたらいいなと日本中の妊婦さんたちを思わせたに違いない綾野剛(原作とソックリ)の名演技が光っていた。そして、冷徹で優秀な同僚産科医、ちょっと頼りない産科研修医、パワフルな助産師、ソフトな新生児科医、荒っぽいが頼もしい救急医、お笑い芸人演ずる麻酔科医、飄々とした院長など、多くの個性的な脇役たちもとてもよかった。
「コウノドリ」にすっかりハマッた私は、書店で原作の漫画単行本12巻を購入し読破。登場人物もストーリーもほとんど原作に忠実であることがわかった。テレビで「再現」した後の話(下屋研修医が救急に転科するなど)もあるようなので、ぜひ「コウノドリパートⅡ」の放映を望むものである。
(唯一、非現実的だと思えたのは、あんな超多忙な産婦人科医の仕事をしながらピアニストの仕事もこなすということか。まぁ、「天才ピアニスト」だからいいのかな。)

クスリは安けりゃいいのか

2015.12.01

・・・・・・・・・・・・・河辺啓二の医療論(22)
財政制度等審議会(財務相の諮問機関)が調剤薬局の報酬を引き下げるため、後発医薬品の使用割合が60%未満の場合に診療報酬の点数を減算し、薬局の収入が減る仕組みを提案した。高価な先発品を減らし、安価な後発品を増やす政策がますます強まる様相だ。
このような財政主導の医療政策は、果たして国民の健康の維持増進に寄与しているのか、はなはだ疑問であると言わざるを得ない。私たちのような臨床現場では、患者さんから「ジェネリックは効かないので、元のクスリ(先発品)にもどしてほしい」と要請されることはたびたび経験する。後発品はすべて効きが悪いとは思わないが、このように効きが悪いものも存在することは確かだ。「効きが悪い」と感じるのは自覚症状だが、自覚症状に現れない「効きの悪さ」もあり、これは検査してやっと判明する。
更に、ジェネリックにしたら自覚できる副作用が生じたという例を経験することは少ないが、自覚症状に表れない(血液検査等で初めて判明する)副作用が生じる可能性は否定できない。
財務省・財政審の偉いお役人・先生方に聞きたい。あなたたちの年代からして、高血圧等の生活習慣病を有している人は少なからずいるはず。皆さんは、安いけど効きは悪いジェネリックを毎日のんでいるのですよね。

少数政党に投票しよう

2015.11.01

・・・・・・・・・・・・・河辺啓二の政治・行政論(24)

今回のごり押しとも思える安保法案の国会通過を見るに、多くの国民は自民党の「横暴」に立腹しているようだが、ちょっと考えてみると、こんなにも多くの自民党議員を選挙で選んでしまったのは国民自身の責任ではないかと思わざるを得ない。
2009年にもあった。猫も杓子も民主党へ民主党へと投票してしまった。そして、酷評かもしれないが、やや素人的とも言えるあの政権運営、あの為体(ていたらく)。(←途中にあの未曾有の大震災があったことは、政権経験の浅い民主党にとって不運だったと同情しなくもないが)。
民主党がダメとわかった国民は、今度は自民党、自民党へと回帰し、とんでもない大多数政権与党を作ってしまった。そんなことをしたから、自民党を驕傲で不遜な政権与党にしてしまったのだ。どうも我が日本国民は、一方向に流れてしまう愚かな習性があるように思えてならない。周りの人々の動向に周波数を合わせてしまう日本人の国民性は、長所でもあり短所でもある。
私は「捻くれ者」だ。選挙の度に、人気のない少数政党に投票している。少数政党の国会議員に頑張っていただくことが、百家争鳴の国会審議につながる可能性を期待してのことである。
新聞、テレビ、週刊誌などのマスメディアあるいは友人、知人からの情報は、鵜呑みにせず、全て参考として総合的に受け止め斟酌し、自分なりに考えて支持する政党、候補者を決めよう。「圧倒的多数」なんて選挙結果は決して招いてはならない。

ダリル・ホールの甲高い声は健在だった

2015.10.25

・・・・・・・・・・・・・河辺啓二の音楽論(14)

2015.8.2.のブログでも登場した、全米シングルNo.1が6曲もあるダリル・ホール&ジョン・オーツ(Daryl Hall and John Oates)が4年ぶりに来日したので東京公演に行って来た。4年前といえば、あの東日本大震災の年だ。
2月26日(土)夕方、日本武道館でHall&Oatesのコンサート。約100分だった。
3月6日(日)夕方、東京ドームでEaglesのコンサート。約3時間もあった。
と、楽しい日々だったが、11日(金)にあの悪夢の大地震がやってきた。これ以後、有名外国人アーチストの来日は皆無~激減となった。
 4年前のときは若いときのホールの俤(おもかげ)が消え、見事に中年太りしていたが、今回はだいぶスリムに戻っていた。ダイエットしたのでは?
セットリストは以下のとおり。やはりオープニングは、4年前と同じ、私の大好きな曲だった。
1.Maneater(1982年全米No.1)
2.Out of Touch(1984年全米No.1)
3.Did It in a Minute
4.Say It Isn’t So
5.You’ve Lost That Lovin’ Feelin’
6.Las Vegas Turnaround (The Stewardess Song)
7.She’s Gone
8.Sara Smile
9.Do What You Want, Be What You Are
10.I Can’t Go for That (No Can Do) (1982年全米No.1)
Encore1
11.Rich Girl(1977年全米No.1)
12.You Make My Dreams
Encore2
13.Kiss on My List(1981年全米No.1)
14.Private Eyes(1981年全米No.1)
 公演時間は、約1時間半と短く、終了の際には後部座席から「え、もう終わりなの?」と話す女性客の声が聞こえた。3時間近く、40曲近く大サービスしてくれるポール・マッカートニーのコンサート(東京ドーム)と比べると物足りなさは否めないが、大ヒット曲はすべてやってくれたから、まぁよしとしたい。〔あのローリング・ストーンズ(東京ドーム)で、だいたい2時間20曲、ポールにしては短かった武道館でも2時間だった。〕
 それにしても、御年67歳のダリル・ホールの高音の歌声は、全盛期の1980年頃を彷彿させるものであった。甲高い声は耳朶に残る。というか、ヒット曲、名曲は、甲高い声(ファルセットー裏声ではない)で歌われるキーの高い曲が多い。ビートルズのポール、サイモン&ガーファンクルのガーファンクル、クイーンのフレディ・マーキュリー、シカゴのピーター・セテラ(後にジェイソン・シェフ)、そしてこのホール&オーツのホールと枚挙に暇がない。

日本語検定優秀賞を受賞―久々のヒョーショージョー

2015.10.10

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・・・・・・・・・・・・・河辺啓二の勉強論(10)

今年6月に初めて受検した「日本語検定」だが、時事通信社賞・パロディー優秀賞ということで表彰状をいただいた。表彰状なんて何年ぶりだろう。数学検定で大臣賞をもらったとき以来かな・・・。受検直後自分としては会心の出来でないと感じていただけに、合格に加えてこのような賞をいただくとは、意外だし嬉しいものだ。
日本語検定委員会が出している季刊誌によると、私の受けた平成27年度第1回は、全部で受検者40,401人、うち1級受検者は1,002人、合格率1.6%つまり1級合格者はたったの16人(!)ということになる。4万人中の上位16人に入ったのだから、私の日本語力(国語力)は捨てた物ではないと自負してしまう・・・。しかし、受検者数全国1位と思われる検定、漢字検定1級にまだ受からない。
三大検定(英検・漢検・数検)1級のうち、漢検以外はとっくに受かっている。更には国語三大検定と言っていいと思われる、日本語検定(読売新聞)、語彙・読解力検定(朝日新聞)及び漢検のうち、2つの1級は、昨年と今年で受かった。要するに「ダブルリーチ」の状態なのだが、今年も受かりそうにない。というのは、6月の漢検受検は、かなり準備して臨んだにもかかわらず、7割しか出来ず(合格ラインは8割。過去最高で7割6分)、玉砕。その後「戦意喪失」状態で、この夏は欧州旅行などで(仕事以外は)enjoyしてしまったのである。
最後の難関―漢検1級、重箱の箱を穿(ほじく)るような問題が多い。市販の問題集で95%以上正答できるようになっても受からないのがこの試験だ。

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