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記事一覧

年齢を経て味わえる小林秀雄

2013.02.17

・・・・・・・・・・・・・河辺啓二の勉強論(5)

今年は大学入試センター試験の問題が難しかったらしい。特に、国語の平均点は、過去最低の101点(200点満点)だったという。主因は、第1問の、刀剣の鐔(つば)の美しさを語った、小林秀雄の評論文のようだ。小林秀雄といえば、私が高校生だった頃は、授業(当時は「現代文」でなく「現代国語」)でも勉強したし、入試や模試でもよく出題される「重要」評論家であった。その後、難解さが敬遠され、数十年間、入試で主題されなかったが、今年、「突然」、受験者最多数のセンター試験で「復活」したのだ。(現代文の出題者サイドとしては、出題文のネタ切れという事情もあるのかもしれないが。)
ややもすると平易な文章が多くの読者に受け入れやすい風潮となったためか、単純な論理で答えがわかる文章に慣れ親しんだ現代の受験生に「喝」を入れようと出題されたのではなかろうか。これは、受験生のみならず、私たち現代の日本人すべてへのメッセージであるような気がする。
小林秀雄の難解な文章に悪戦苦闘した若き高校生だった頃から四十年も経て、様々な学問、教養、人生経験を身につけてきたためだろうか、今回の問題文は、昔の私よりはるかに理解でき、味わうことができた。今まで読破したことのない彼の著書を買ってみようと思う。
(人生経験の浅い)十八、九歳の受験生には、確かに難しい文章かもしれないが、若いときから、日本人としてこのような味わい深い名文を読解できる国語力を向上させる努力はしてほしいものだ。

ノロウイルス検査に保険適用を

2013.01.14

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・・・・・・・・・・・・・河辺啓二の医療論(21)

ノロウイルスによる感染性胃腸炎が現在大流行している。これが原因で死亡者も出るほどとなっている。残念ながらノロウイルスにはワクチンも特効薬もなく、制吐剤や整腸剤、あるいは点滴等による対症療法しかなく、根治の治療法がない。手洗いなど予防策の励行しか対策のない状況が続いている。
せめて、ノロウイルス感染の診断は、インフルエンザのそれのように、各医療機関で簡単に行われるものと思いきや、実はそうではない。それらしい患者さんに「ノロですか」と詰問されても、私たち医師は症状等から「おそらくノロでしょう」としか言えない。
というのは、ノロの場合、インフルエンザと同様な15分で判明できる検査キット(糞便用)が4種類ほど実用化されてはいるものの、インフルエンザのように、どの患者さんにでも確定診断のための検査が健康保険でできるわけではないのだ。①3歳未満の患者、②65歳以上の患者、③悪性腫瘍の診断が確定している患者、④臓器移植後の患者など、保険の適用範囲が非常に狭くなっており、大部分の患者さんには適用できないのが現状なのである。
感染力の強さや重症化の可能性に鑑みれば、診断のための検査がインフルエンザには保険適用され、ノロには原則的に不適用というのは納得がいかない。厚生労働省は、インフルエンザ並みにノロウイルス検査に保険適用するよう、速やかに措置を講じてほしい。
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昨年12月、上記の投稿文を読売新聞「気流」に投稿したところ、年開けて1月8日(火)に連絡があり、修正の上、10日(木)に掲載されました。投稿してから20日ほど経っており、てっきりボツだと思っていただけに嬉しい気がします。新聞社も年末年始で通常のペースでなかったからでしょう。
(朝日新聞「私の視点」を除き、朝日「声」や読売「気流」は、採用候補になれば、通常、投稿後1週間以内には連絡が来る。だいたい2、3日のことが多い。)
内容的には時宜を得た話題であり、ノロ検査がインフルエンザ検査と同様に容易に受けられると誤解されている多くの患者さんに対する啓蒙になったのではないかと自負しています。

原爆のように2回ないとダメなのか

2012.12.22

・・・・・・・・河辺啓二の政治・行政論(21)

原発問題に関して言えば、今回の選挙は、脱原発に消極的な自民党の圧勝と、やはり脱原発に慎重な考えの石原氏を党首とする維新の会の大躍進で終了した。
一般国民のアンケートでも、景気雇用対策に比べ原発問題ははるかに小さい重要度であった。多くの日本国民は、経済や景気を断然最重要視していることが明らかとなった。
昨年のあの悲惨な原発事故の直後は、多くの人は脱原発を考えたはずだ。しかし、長引く不景気や低調な雇用情勢の中で、人々は「食べていけなければ話にならない」と経済状況浮上に負の影響になりかねない脱原発に消極的になってしまったのだろう。
たしかに、脱原発や卒原発の方針を旗幟鮮明にした多くの政党に具体案が乏しいことは認めざるを得ない。しかし、財源や経済政策とのバランスに鑑みれば、誰もが納得できるような具体策を提示することは極めて困難ではないか。
原発廃棄物の管理に気が遠くなるような年数やコストがかかることが明らかとなり、それを今の世代の子々孫々が負担することがわかっていても、とにかく今の世代が「食べていく」ことが重要なのだという国民の総意なのだろうか。
どうやら日本人というのは一度くらいこっぴどくやられても懲りない民族なのだろう。広島、長崎と二度も原爆を落とされて降伏を決めたように、もう一度「想定外の」地震・津波が来て、どこかの原発が大事故を起こし、大量の放射線拡散を経験してやっと脱原発を決心するのだろう。

日本人としての矜恃を持とう

2012.11.17

・・・・・・・・・・・・・河辺啓二の社会論(13)

現在元素周期表にある元素記号の発見者は、すべて欧米である。ここに、欧米以外では初の、つまり初めてアジアの研究機関が見つけた元素が認められそうになった。113番のウンウントリウムだ。日本の理化学研究所の快挙である。ウンウントリウムは仮の名で、今後、国際学会に認定されれば、元素の命名権が得られ「日本」に因んだ名称が付けられる可能性が高くなった。百年ほど前に、日本人科学者が発見した43番元素「ニッポニウム」が認められそうになるも取り消されたことがあるが、今回は間違いないようだ。
一昨年の小惑星探査機はやぶさの成功といい、先日の山中教授のiPS細胞でのノーベル賞受賞といい、まだまだ我が国の科学研究のレベルは捨てたものではないと感じる。電機産業等工業の諸分野で中国、韓国の後塵を拝するようになったとはいえ、また、学術論文の被引用数において日本が凋落しているとはいえ、今のところ、中国や韓国で、新しい元素記号が発見されたこともなく、自然科学(物理学、化学、医学・生理学)分野でのノーベル賞受賞者は皆無だ。(我が国政府は、科学技術政策や理科教育の充実強化を怠ってはならないことは言うまでもない。)
もちろん、昨年の大震災で見せた日本人の冷静さ、協調性、道徳性も誇りとしてよいが、このように我が国の「頭脳」が世界最高レベルにあることに(文学や音楽などでも高水準にあることも含め)自信と誇りを持つべきだろう。
日本が政治や経済で世界的に劣勢に立たされていようとも、近隣諸国と領土問題、歴史問題で軋轢があろうとも、私たちは日本人としての矜恃を保持していきたい。

研究資金を増やさないと日本は凋落の一途

2012.10.01

・・・・・・・・・・・・・河辺啓二の教育論(8)

文部科学省は、学長の裁量で運用できる研究資金を20大学に重点配分する新制度を導入することとした。背景にあるのは、日本の自然科学研究の地盤低下だ。同省科学技術政策研究所によると、影響力の大きい論文数(09年~11年)は、日本は10年前の世界4位から、中国などに抜かれ、7位に低下しているという。
国土も天然資源も乏しい日本が、欧米各国と伍して一流国となり得たのは、多くの優れた科学者、技術者たちの勤勉な働きによるものであることに違いない。理科系の研究にはカネがかかる。しかし、現在の大学や研究機関の研究予算は、十分というにはほど遠い現状にある。老朽化した設備に古い機械では、いくら頭脳が優れていても満足できる研究ができるはずがない。研究者たちは、海外の学会に行く費用の工面にも苦労するという。こんな環境にあれば、米国など海外へ「頭脳流出」するのも当然だろう。
政府は子供の理科離れに歯止めをかけようと努めてはいるようだが、芳しい成果をあげているようには思えない。憧れの科学者になっても、研究環境が貧しい上、給料もあまり高くはないことを知った今の若者たちにどのようにしてインセンティブを持たせることができるのだろうか。現状では、理系研究者を目指す若者が少なくなるのもいたしかたないような気がする。理数に秀でた才能をもった若者たちが、生活の安定を勘案して、理工系でなく医学部に進学する例が後を絶たない。
政府は大局観をもって、自然科学研究にもっと国家予算をかけてほしい。

隣国人と仲良くしたい

2012.09.28

・・・・・・河辺啓二の社会論(12)

現在、隣国の中国や韓国との軋轢がひどくなっているが、非常に遺憾に思う。領土問題は、古今東西、起きているものだが、近年のように、日中、日韓の間の経済的相互依存が高まっているときだけに、お互いにマイナスとなる国家間の外交衝突は残念だ。
私には、家族ぐるみで付き合っている友人が中国にも韓国にもいる。流暢に日本語を操るこの友人たちは、私の子供たちも大好きで、礼儀正しくとてもいい人たちである。現在のような国家間の対立には関心が低く、私も話題にしないことにしている。
友人以外にも、(メディアで報じられる一部の反日の人たちと異なり)心根の優しい一般庶民が多いのではないかと思う。
何年も前になるが、韓国のソウルにその友人の案内で観光したときのことである。私の家族の乗る大型車の運転手は、運転免許のない友人に依頼された、日本語の話せない中年男性だった。ある観光地で、当時まだ幼かった子らが、わがままで綿飴を買って食べたりして予定の出発がだいぶ遅れていた。しかし、彼は運転席から、その細い眼を更に細くして笑顔で子供たちを見守って待ってくれていた。なんて優しい顔なのだろうと私は思った。小さい幼子を可愛いと感じるのはどこの国の人も同じなのだと感じたものだ。
陸続きで他国と国境を接し、国境問題で経験豊富な中国や韓国と違って、四方を海で囲まれ、国境問題の意識が乏しかった日本がつけ込まれている現状は、地政学的にみても当然なのかもしれない。私たち一般庶民は、政治に巻き込まれずに隣国人と仲良く付き合っていきたいものだ。

討論力教育の充実を

2012.09.02

・・・・・・・・・・・・・河辺啓二の教育論(7)

次々と周辺国に恰も嘲弄される我が国の国境領土問題は、日本の外交力の弱さというより私たち日本人のメンタリティーが関係しているように思える。
我が国には、古くから「拈華微笑」、「以心伝心」、あるいは「阿吽の呼吸」といった、言葉で表わさずに理解し合うことが美徳とされている。このことを、国民性が異なり、異質の文化を持つ外国相手の交渉にも当てはめてしまってきたのではないか。(これらの言葉は仏教から生じたものだが、強かな外交力を持つ現代の我が国周辺仏教国には通じないだろう) 
私たちの世代は、自己主張し、相手を論駁することのトレーニングは全く受けていない。学校の勉強さえできれば一流大学に入れるため、ディベートが苦手でも困らなかった。
最近は、各種ディベート大会が行われたり、学校教育のカリキュラムにディベートが導入されたり重視されつつあるが、まだ十分とはいえない。大学入試で集団討論を取り入れているところもあるものの、英語や数学などのペーパーテストに強い学生が大学入試勝者となる傾向は、依然として変わっていない。
大学入試において、多数の受験生を客観的に選別するに筆記試験は極めて有効であり、ディベート技術の試験を一律に課すことは難しい。となれば、中学や高校、あるいは大学でディベート(討論)力を養う教育をもっと充実できないだろうか。入試に無関係なディベートを学習するインセンティブを学生に持たせる工夫をしてほしい。
日本国内では以心伝心が通じても、海外では通用しない。自己主張を持ち、容易には謝らない民族性を有する諸外国との交渉において「美しき日本文化」は損ばかりだと感じるものである。

美しいアスリートたち

2012.08.23

・・・・・・・・・・・・・河辺啓二のスポーツ論(5)

「40歳を過ぎたら自分の顔に責任を持て」と第16代アメリカ大統領リンカーンが言ったといいます。ロンドンオリンピックで活躍した日本代表の選手たちは、ほとんどが40歳、いや30歳未満の若者ばかりですが、彼ら彼女らの顔は本当に美しいと思います。
写真週刊誌で騒がれている一部の美人アスリートのことではありません。期待どおりメダルを取った選手、実力はあったのに残念ながら表彰台に立てなかった選手、予想以上に好成績を上げた選手など、結果はさまざまでしたが、共通して言えるのは、どの選手も実にいい顔をしているということです。
なぜ彼らは美しいのでしょう。オリンピックの日本代表になるため、天賦の資質に甘んじるだけでなく、常人では不可能な過酷な練習やトレーニング、更には体重を増やさないなど、徹底した厳しい自己管理を実践してきたからに違いありません。このような、気の遠くなりそうな努力の累積によって、人格も陶冶され、やがて容貌に滲み出てきているのではないでしょうか。
下馬評以下の成績しか得られなかった選手が項垂れている画面がテレビで映し出されたりしましたが、日本国民に謝る必要などありません。その美しい顔を上げましょう。精一杯努力した結果であることは国民みんなが認めています。
私たち凡人は、結果はどうあれ、彼らスーパーアスリートの美しさに感動しながら明日への活力をもらっているのです。

子宮頸がんワクチン対策の充実は少子化対策となる

2012.08.22

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(HPV抗体価測定法の早期確立を望む)

・・・・・・・・・・・・・河辺啓二の医療論(20)

子宮頸がんは、女性に特有のがんのうち乳がんに次いで罹患率、死亡率が高い。日本では年間約8500人が新規に診断され、約2500人が死亡している。ごく初期の場合を除き子宮摘出術が施行されるため、妊娠・出産が不可能となる。日本では、最近、出産年齢に当たる20歳代、30歳代の若年層で子宮頸がんの発生が増加する傾向にあり、少子化傾向に少なからず影響を及ぼしているように思われる。
子宮頸がんの主因がヒトパピローマウイルス(HPV)の持続感染であることが1980年代に明らかとなり、HPVワクチンによって子宮頸がんの一次予防が可能となった。つまり、子宮頸がんは予防可能ながんの一つとなったのである。
2006年にHPVワクチンが開発されてから、世界中で急速にワクチン接種による子宮頸がん予防が広がってきており、日本でも2009年10月にワクチンが承認され、当初任意接種だったが、2010年度からワクチン接種緊急促進事業として若年女子に対する公的負担が開始された。
当該緊急事業は、今年度末まで期間が延長されているが、これが恒久化されるべく、2013年度にも定期予防接種の対象とする方針を、最近厚生労働省が固めた。「ワクチン後進国・日本」も、やっと欧米の先進国の水準に並ぶこととなる。
しかしながら、現在2つのワクチン(二価ワクチン:HPV16型・18型、四価ワクチン:HPV16型・18型・6型・11型)が接種されているが、それによる実測免疫持続期間は6年~8年程度しか追跡がなされていない。(統計的手法で算出し「推計値」は20年あるとはされているが。)果たして中学1年生に接種したワクチンによる免疫が彼女たちの性的活動が高まる20歳代にまで持続しているかどうかは不明のままである。
例えば、かつて日本では麻疹ワクチンは幼少期の1回接種のみだったのが、10歳代、20歳代の年齢層を中心として罹患するケースが増えたことから、1回接種を見直し、2006年度から、風疹と合わせてMR混合ワクチンとして、中学1年又は高校3年で2回目の接種を、また、未就学児には、1歳時と年長児時に計2回の接種を、公費で行われることとなった。ワクチンによる免疫は、途中にブースター(免疫を高めること)がなければ通常減弱していくのだ。麻疹も風疹も抗体価を容易に血液検査で測定でき、片方の抗体価が十分に高ければ、低いほうの単独ワクチンを接種することも可能だ。2007年のときは麻疹流行だけで済んだが、HPVワクチンは、人命を奪う可能性の高い、そして命が助かっても出産不可能ならしめる子宮頸がんのワクチンだけに、麻疹ワクチンより重要性が高いと思う。
ところが、HPVの国際標準的な抗体価測定方法は未だ確立されておらず、外国の研究機関が保持する特許の「縛り」から、我が国では抗体価測定できる検査会社がないのが現状である。我が国の医学研究レベルの高さに鑑みれば、政府が大学医学部等を後押しすれば当該検査法の確立は実現可能ではないかと考えられる。
産婦人科、小児科の医療現場では、ワクチン接種後6年~8年以降のことはよくわからないという現状にある。すなわち、HPV抗体価の検査法の確立を図るとともに、麻疹の二の舞とならないようブースター接種に関する研究を深化させ、その対策を早急に講じてもらいたいのだ。もちろん、ワクチン接種のみですべての子宮頸がんが予防できるわけでない。政府は、がん検診率を高めるための普及啓蒙の促進も同時に行うことは言わずもがなである。さすれば、子宮頚癌罹患者が減少し、出生率上昇につながるのではないか。
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上記の内容を、5月末に朝日新聞「私の視点」に投稿したところ、6月に連絡が来て、以後担当者と協議・修正しつつ、また、数度の掲載延期(新聞という性格上、大きい事件があれば、そちらが優先されるのが当然)を経て、8月21日掲載となりました。
一昨年の日本脳炎ワクチン問題、昨年の降圧合剤問題に続き、3年連続3度目の「私の視点」掲載です。
同紙「声」に比べ影響力の大きい同欄だけに、嬉しい。

「いじめ」問題で教師を断念しないで

2012.08.05

・・・・・・・・・・・・・河辺啓二の教育論(6)

昨今、次々と表面化する学校の「いじめ」問題を見るに危惧するのは、教師を目指す若者が減少するのではないかということです。
確かに、テレビ等で報道される、「いじめ」に関係した校長等教師や教育委員会の方々の「釈明」は事なかれ主義という誹りは免れないと思います。しかし、彼らも教育者を目指した若者の時は美しい志(こころざし)を持っていたに違いありません。それが、年齢や経験が増えるにつれて、「教育」より「保身」を重く見る「お役人」になってしまったのでしょう。教師は雑用が多く、激務で、時間的精神的余裕がなくなっており、また扶養すべき家族を抱え、なるべく波風を立てないで現在の生活を維持していきたいと思ってしまうのは、ある程度しかたがないような気がします。
現在、大学教育学部に在学する学生やそうでなくても将来教師を目指す大学生や高校生の中には、「いじめ問題で教師は大変だ」と思って教職に就くことを敬遠する人が増えやしないかと心配です。もちろん、「事なかれ主義の公務員先生」では困りますが、是非教師を目指したときの高くて美しい志を保持して、夢を実現してほしいものです。国土も狭く資源も乏しい日本が、曲がりなりにも、世界の中で先進国の位置を維持しているのは、人材育成、すなわち教育のおかげなのです。その重要な教育を将来担おうとする若者たちよ、その志を捨てないでください。

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