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記事一覧

「七つの会議」―頑張れ、太田生まれのスター・岡田浩暉

2019.02.03

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・・・・・・・・・・・・・・・・・河辺啓二の映画論(6)
〈池井戸潤原作はおもしろい!〉
池井戸潤原作のドラマは大好きで、これまでテレビ、映画で幾度も楽しんできた。
テレビドラマでは、「半沢直樹」、「下町ロケット」「陸王」(すべてTBS系、他に「ルーズヴェルト・ゲーム」があったが、これは見逃した)に加えて「民王」(テレビ朝日系)もおもしろかった。(日本テレビ系の「花咲舞が黙ってない」は観ていない。)
映画では、昨年「空飛ぶタイヤ」を観たが、今年「七つの会議」が現在ヒット上映中である。やはりおもしろかった。私のように、農家に生まれ育ち、大人になって公務員と医師の人生を歩んできた人間にとって、民間企業を舞台にしたドラマは、そういう社会にいた経験がないだけに、興味深いし飽きない。もちろん、原作者の池井戸潤の非凡な創作力と、適材適所で選ばれた役者陣の活躍があるからなのだが。
〈群馬県太田市が生んだスター「岡田浩暉」〉
さて、今回の「七つの会議」だが、出演者に注目したい俳優がいる。我らが群馬県太田市新田木崎町(旧新田郡新田町木崎)に出身の岡田浩暉(おかだこうき)である。
私の妻子が卒業した木崎小学校・木崎中学校の卒業生であり、しかも、妻の同級生である。今回もこのスターと久闊を叙したという。〔注:「久闊(きゅうかつ)を叙する」;久しぶりに会って話をすること〕
岡田浩暉といえば、20年ほど前に、フジテレビ系の「ナースのお仕事」で主役の看護師・観月ありさの相手役の研修医を演じていたことが思い出される。
以下はウィキペディア「来歴・人物」より。
「小学校6年生の頃に洋楽にはまり、ギターを始めミュージシャンを目指すようになる。
大学卒業後は地元の群馬へ戻って就職し会社員に。しかし、音楽への夢を諦めきれず26歳でバンド「To Be Continued」としてデビュー。
ある時、バンドのPVを見たテレビ局のプロデューサーから、「俳優」として声が掛かる。そして1994年、中山美穂が主演を務めたドラマ『もしも願いが叶うなら』に出演。演技未経験のミュージシャンでありながら好演し、スペシャル版も作られるほどドラマもヒット。同時に挿入歌「君だけを見ていた」が50万枚超を売り上げ、オリコン最高順位4位となるヒットを記録。これを機に、ドラマへの出演オファーが続くようになり、2000年に「To Be Continued」が活動休止に入って以降は俳優として活躍。
2012年、出身地の宣伝を行う「ぐんま大使」に委託された。 」
〈郷土に凱旋〉
1月26日(土)、木崎行政センター(←もともとは公民館)に来てくれて、「岡田浩暉・トーク&歌謡ショー」が開かれ、地元住民ら400人が詰めかけた(標記の2019.1.29付け「上毛新聞」記事参照)。
つい最近のテレビドラマでは、「黄昏流星群」(フジテレビ系、このドラマではまぁまぁイイ役)と「下町ロケット」(TBS系)に出ていたが、「下町ロケット」ではとてもイヤな奴の役(農業法人の中心人物)を演じていた。この「イヤな奴」役に続き、今回の「七つの会議」での(ワケあり)グータラ社員役と、二枚目ではない少し悪役的な役も演じられるのも大役者への条件なのだろう。
ちなみに「トークショー」の後の「歌謡ショー」では持ち歌を5曲、カラオケの音で披露されたが、その歌声はさすがプロの歌手とうならせるほどだったらしい。

日本一カッコイイお爺さん「高倉健」

2014.11.24

・・・・・・・・・・・・・河辺啓二の映画論(5)

日本一の映画スターと言っても過言ではない高倉健が83歳で亡くなった。11月10日に悪性リンパ腫でなくなるも、公表されたのは1週間以上も後の18日であった。その頃、マスコミは衆議院解散、総選挙の話題が中心だったが、突如の「巨星落つ」の訃報で、数日はこちらのほうのニュースが大きくなった。私も政局報道より高倉健報道のほうが気になった。そういう人も多かったと思う。
私よりもう少し世代の上の男性たちにとって大きな衝撃であったろう。高倉健若き頃は、いわゆるヤクザ映画で一世を風靡していた。そういう映画を観て痺(しび)れていた世代だ。私はヤクザ映画を観たことがない。高倉健の映画を初めて観たのは、一昨年の「あなたへ」だった。モノマネのネタにつかう大滝秀治(没年87歳)の遺作は高倉健の遺作にもなった。亡くなった妻を演じる田中裕子が50歳代で、刑務所の技官という現役公務員役だから、おそらく60歳代前半~半ばくらいという年齢の設定ではなかったか。当時81歳の高倉健がなんの違和感もなく60歳代前半を演じていた。背筋はピンとし、お腹は全く出ていない。要するにカッコイイと若く見えるということだろう。年寄り役がよく似合う大滝秀治ではムリがある。
あんなに若く元気そうな高倉健が亡くなるなんてと思うも、83歳といえば、日本人の平均寿命をとっくに越え、多くの同世代の男性は既に鬼籍に入っているか、寝たきり老人となっている。加齢とともに強くなって行くガン細胞が、彼の体内で活発化することもやむを得ないかもしれない。
高倉健主演の映画は、映画館で観たのは、上述の「あなたへ」のみで、昨年当たり、DVDの「幸福の黄色いハンカチ」を、この1週間で追悼TVの「南極物語」「駅STATION」、そして再度「あなたへ」を観た。いずれも、よき「日本の映画」だなぁという感想だ。数々の賞を取った「鉄道員(ぽっぽや)」をいつか観たいと思う。
私を含む多くの中年以上のオトコたちは思う。年取ったら高倉健みたいにカッコイイお爺さんになれたならぁ――まぁ、実現不可能だけど。

夏は、やはり戦争関連・・・(1)

2013.08.31

・・・・・・・・・・・・・河辺啓二の映画論(4)
8月も終わる=夏が終わる。毎年のことだが、8月は、2度の原爆投下と終戦があった月なので、テレビなどで太平洋戦争に関連したドラマが多く放映される。今年の夏は、これらTVドラマだけでなく、映画も観た。以下にその感想を述べる。
〈映画〉
●「終戦のエンペラー」:コーヒーのテレビコマーシャルに三枚目的に出ているアメリカ人俳優がマッカーサーを演じていることに最初違和感を抱くものの、なかなかの傑作。アメリカ人の視点から日本の終戦状況を捉えていることがおもしろく感じられた。当時の首相等重要人物を演ずる日本人俳優陣が豪華だった。当時の日米のやりとりというドキュメンタリー的なものだけでなく、アメリカ人の主人公と日本人女性の恋愛劇をもうまくかみ合わされていた。
●「風立ちぬ」:日本中が騒いだ、ジブリ・宮崎駿作品。主人公の堀越二郎が、ここ群馬(藤岡市)出身で、私の母校東大(当時は東京帝国大学)工学部卒業というのも気になったが、最も惹かれたのは、主題歌、ユーミンの「ひこうき雲」である。期待して観たが、予想したほどの感動はなかった。自分の設計した、ゼロ戦などの戦闘機が戦争に使われ多くの人命が失われることで堀越二郎が苦悩する場面があるかと思いきや、そういうものはなかった。また、(嫌煙家の私だけに)喫煙シーンの多さにはやや閉口。このことは、禁煙学会をも巻き込み賛否両論が巻き起こっている。ともかく、今でもやはりジブリ作品で最優秀作といえば「千と千尋」だと思う。
(「ひこうき雲」は、私が1回目の大学生の若いとき、同名のアルバムでよく聞いたものだ。夭逝した小学校時代の友人のことだとは、最近初めて知った。このことを踏まえてこの曲をしみじみと聴くと、映画「風立ちぬ」より胸が熱くなるような気がする。)
●「少年H」:実際の夫婦である水谷豊と伊藤蘭が、少年Hの両親を演ずるのがちょっとほほえましい。戦前から戦後までの激動の日本の姿を一般市民の実態をとおして描かれている。兵隊となって鬼のような教官だった人が、(生き残って)戦争が終わると普通の職業のオジサンに戻っているのが、今となってはおもしろく感じられる。

「八日目の蟬」

2011.06.06

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・・・・・・・・・・・河辺啓二の映画論(3)


〈「八日目の蟬」〉

先日、たまたま出かけ先で時間があったので、「八日目の蟬」という映画を観た。角田光代の小説が原作で、「母性」をテーマにしたサスペンス作品とされている。子供を誘拐した女・希和子の5年半の逃亡劇と、事件後、大人になった子供・恵理菜の葛藤を描くものである。

映画は、それはそれでよかった。私の中での邦画ランキングでは、「ノルウェーの森」より上、「母べえ」より下って感じかなぁ。

ところが、その映画を観た直後に、同じ作品がNHKドラマで放映された。昨年放映されたものの再放送だった。昨年TV放映があったとは知らなかった。45分ものの6回分なので、実質映画の倍以上の長さのせいか、その分見応えがあったと思う(当然主要な登場人物も多くなる)。


〈映画とTVの違い〉

映画では、成人となった恵理菜(井上真央)が主人公として描かれていたようだ。ところが、テレビでは希和子(檀れい)が主人公だった。(ともに最も売れている女優を主役としたようだ。)

例えば、映画では、恵理菜と恋人・岸田(井上真央の恋人役が劇団ひとりとは・・・)との交際が多く描写されていたのに、過去の回想シーンがメインのテレビでは、成人した恵理菜の恋人役(岡田浩暉:太田市新田木崎町出身です。)は、ほんの少ししか登場していなかった。

私としては、誘拐犯であり「母」である希和子が主人公という設定のほうが引き込まれた感がある。


〈不自然な点〉

ノンフィクションにどっぷり浸かった人生を歩んできた私は、どうしても、こういうドキュメンタリーでない作品を観ると、不自然なところが気になってしまう。

原作を読んでないから、原作でどのように書かれているか知らないが、最も不自然感を抱いたのは、希和子が赤ん坊の恵理菜を誘拐する場面だ。抱っこしているうち(自分が子供をつくれない身体になったため)その可愛さのあまりそのまま自分の子にしてしまおうという衝動に駆られた気持ちは理解できる。私が不自然だと思うのは、そんな生後数か月の赤ちゃんを自宅に置いたまま(ほかに家人もなく)、しかも、家の鍵をせずに両親そろって外出してしまうことだ。このことは、映画でもテレビでも同様のシチュエーションで描かれていた。施錠もせず、赤ん坊をベッドにひとり寝かしたまま出かける親っているのだろうか・・・。

あとは、恵理菜の赤ん坊・幼女時代と大学生時代という、どうしても15年という年月の差があるため、もともとの成人役の登場人物がその分「老ける」必要があるのだが、例えば映画で写真館の主人が15年後全く変わっていなかったことがやや不自然。まぁ、60歳代も70歳代もあまり変わらないということか。ただ、15年前に1度だけ撮影に来たお客を、しかも15年経って成人して顔が変わっているにもかかわらずこの主人が覚えているという設定はムリがある。

更に、付け加えると、上述のとおり、人気女優・井上真央の恋人役が劇団ひとりというのはいかがなものか。もっと二枚目が演じると思われていたのでは・・・。(それにしても井上真央は大女優になりそうだ。今、朝のNHK連ドラ「おひさま」で明るい「太陽の」陽子を演じているが、この映画では(数奇な半生を経ているだけに)暗い人物・恵理菜を見事に演じていた。)


〈顛末がいまひとつ・・・〉

映画では、結局成人した恵理菜は、希和子と再会していない。というか、警察に逮捕された後の希和子は描かれていない(時間の都合上か)。テレビでは、恵理菜が小豆島行きフェリーの岡山港で再会したかのように見えたが、やや尻切れトンボの感は否めない。原作がどうかわからないが、どちらも、その後の恵理菜と希和子の接触は極めて曖昧とされており、私たち観る者の想像に任されているかのようである。

「沈まぬ太陽」と「ノルウェーの森」

2011.02.20

・・・・・・・・河辺啓二の映画論(2)


〈観たかった「沈まぬ太陽」〉

昨日やっとテレビ録画したままだった「沈まぬ太陽」を観た。テレビ放映のものなのでCMを含めると4時間もある大長編(映画自体の長さは3時間22分らしい)だったが、その長さを感じさせることのないすばらしい作品だった。

以前、話題になったとき、映画館に行く時間がなく、いつか観てみたいと思っていたものである。数年前映画館で観た「クライマーズハイ」も、日航機御巣鷹山墜落事故が舞台となっていたが、地元新聞社の記者の立場から描かれていた。「沈まぬ太陽」は日航社員の立場から描かれている。映画時間が倍ほどもあり、御巣鷹山のことだけでなく、日航(映画では「国民航空」)社員で同社の労働組合委員長を務めた恩地元(渡辺謙)と彼を取り巻く人々の描写を通して、人の生命に直結する航空会社の社会倫理を表現した作品であると言える。


〈「沈まぬ太陽」で描かれる対照的なサラリーマン人生〉

国民航空の労働組合委員長として経営陣と対立した結果、カラチ、テヘラン、そしてナイロビと足掛け8年に渡る「現在の流刑」にも等しい左遷人事に耐える中で、母と死別し、家族と別れることになった恩地と、大学の同輩であり組合の副委員長として恩地を蔭ながら支えてきたものの、後に恩地と袂を別ち、出世街道を歩むこととなる行天四郎(三浦友和)の、対照的な二人の人生が描かれているところが実におもしろい。

要するに、愚直なまでに信念を通す人生とうまく流れに乗っていく人生の対比だ。多くのサラリーマンの視聴者の琴線に触れたのではないか。私のように、同じ大組織に所属していながら、十年足らずに離脱して転身した者から観て、同じ組織―会社に何十年も帰属して生きる人生ってどういうものなのだろう・・・とこの二人の社員の生き様が完全には理解できなかったような気もするが。
久しぶりに、映画館でないにしてもいい映画を観た。


〈映画「ノルウェーの森」を観た理由〉

直近に映画館で観た映画は、「ノルウェーの森」である。先月上京した際、時間が空いたので、以前から興味のあったこの映画を観ることにした。

興味があったのには、三つ理由がある。一つには、村上春樹という毎年ノーベル文学賞候補になる世界的作家の作品を一度も読んだことがないので「村上文学」の一端に触れてみたいと考えていたことだ。二つめは、主人公を演じる松山ケンイチの演技だ。以前、映画「デスノート」「デトロイト・メタル・シティー」やTVドラマ「銭ゲバ」を観て、若いのに様々な役柄を見事に演技する名俳優松山ケンイチに関心を持っていたのである。三つめは、なんといってもビートルズマニアゆえタイトルに惹かれたことだ。実際には、映画の中で出演の女性がアコースティックギターで「ノルウェーの森」の弾き語りをしたのと、エンディングでオリジナルのビートルズナンバーが1回流れただけである。特にBGMでも流れなかった。ストーリーと「ノルウェーの森」との関係がわからなかった。


〈映画「ノルウェーの森」は理解し難い〉

映画「ノルウェーの森」は、私個人の感想ではあまり好きなタイプのものではなかった。あまりに性的表現が多すぎて、「え~、これが世界的評価を受ける村上文学なのか」と少し驚いた。昔から文学作品にはよく性的表現はあったものだが、私のように文学的センスのない人間には理解しにくいものだった。小学生や中学生には観せられないなぁと感じた。

そもそも、私は文学青年でなかった。もちろん、現在「文学中年」でもない。小学生の頃、学校の図書室から本を借りてよく読んだものだが、小説などフィクションは、大人になってからはほとんど読んでないような気がする。いつも教養書的なものばかり買って読んできた。悲しいかな、フィクションという架空の世界がどうも受け入れにくくなってしまったようだ。そう言えば、史実により近い「項羽と劉邦」のほうが脚色の多い「三国志」より好きなのも同様な理由からだろう。
〔ちなみに、大学入試センター試験の国語は、毎年、第1問:論説的文章、第2問:文学的文章、第3問:古文、第4問:漢文 と出題が決まっている。私は、模擬試験でも、本番でも、この第2問でいつも失点していた。〕

「RAILWAYS」を観て

2010.06.12

・・・・・・・・・・・河辺啓二の映画論(1)


〈「少年時代の夢」と聞いて思うもの〉

先日、映画「RAILWAYS」を観た。東京の大企業のエリートサラリーマンだった主人公が、49歳のとき、親友の事故死や故郷島根の実母の末期癌罹患を機に、会社を辞め、少年の時からの「夢」を実現すべく、地元の鉄道会社に運転士として就職する物語だ。

私としては、おもしろかったと思う(DVDで観た「アバター」よりよかった)。私の名前「啓二」の由来、往年の人気スター「佐田啓二」の息子:中井貴一が主役を好演(同じ実年齢)していた。中井貴一といえば、昨年TVドラマ「風のガーデン」で、主役の末期癌の麻酔医を見事に演じていたことが思い出される。

映画の中で、ほとんどが20歳代と思われる若者の中で50歳目前のオジサンが奮闘している研修の様子が描かれていた。33歳で医学部入学・39歳で研修医の道を辿った私は、自分と重ね合わさずにはいられない気持ちになったものだ。

この主人公は、少年時代、電車の運転手になるのが夢だった。私はどうだっただろう。四国の山の中で、大した夢も抱かないまま成長してしまった。しいていえば、「漫画家」か。官僚や医師という職業に憧れを持ったのは、純真な少年時代を過ぎた高校・大学時代の頃からではなかっただろうか。


〈私の「少年時代の夢」は実現ならず・・・〉

「漫画家」といえば、今、朝のNHK連ドラ「ゲゲゲの女房」がおもしろい。昔はタイマー代わりに毎朝観ていたNHK朝ドラを、最近は、おもしろそうにないため観ていなかった。その習慣が、数年ぶりにこの「ゲゲゲ」で復活した。自分が少年だった昭和30年代、40年代のお話は、ほのぼのという感じが湧き起こしてくれる。

ただ、「貸本屋」という仕組み・言葉は、馴染みがない。昭和40年頃は、既に普通の本屋で漫画週刊誌「サンデー」「マガジン」、漫画月刊誌「ぼくら」「冒険王」など(月刊誌は付録が楽しみだった)を買って読んでいた記憶がある。もちろん、私の生まれ育った村に本屋などあるはずもなく、隣町まで行って買って来てもらっていた。「貸本屋」については全くの?なのだ。東京など大都会のみで行われていたものなのだろうか。

〔ここで、「貸本漫画」で検索してみると「貸本漫画のページ」というホームページがあり、次のような解説があった。
・・・・昔は今と違い、一般的な家庭では、子供が漫画本を買えるほどの余裕はそうなかったので、貸本屋というのがありました。ちょうど今でもCDやビデオが高いのでレンタルで借りる人が多いのと同じです。

 1960年代で漫画単行本一冊の値段が220-240円。当時の1円=現在の10円の価値と概算してみると、漫画本一冊が2000円台。皆さんは、もしお気に入りの漫画本一冊がCDアルバム一枚と同じ定価だったら、どうしますか?

 でも貸本屋だと、当時は一泊二日で10円とリーズナブル。貸本屋は大繁盛しました。

 貸本屋に多く置かれていたのが、貸本向けの書き下ろし漫画(これを「貸本漫画」と呼びます)。これ専門の出版社や漫画家もたくさんありました。

 しかし1960年代後半から70年代に入ると、日本も高度成長によって豊かになり、子供も漫画本を購入できる余裕ができてきました。そのため貸本業界は急速に廃れてしまいました。
・・・・う~ん、おおむねわかった。〕

「漫画家」の夢は、19歳のとき、1回めの大学入学後「漫画倶楽部」に入部して、ささやかながら漫画創作に挑戦したものの、(プロの漫画家に遠く及ばないであろう)自らの才能の乏しさに断念したものだ。


〈「少年時代の夢」を実現できる人ほど幸せ者はいない〉

 私だって、やりたい職業を2つも実現できたのだから幸せ者に違いない。だが、漫画家をはじめとして、画家、作家、作曲家、プロ音楽奏者、歌手、役者、タレント・芸人、プロスポーツ選手など、「本当に好きなこと」で生計が立てられる人たちは、日本の全就業人口の中での割合はとても低いと思われるが、とてつもなく幸せな人たちだと思う。成功している彼らは、生まれもった才能と大変な努力でこれまで歩んで来たのだ。

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